2014年8月25日月曜日

ザルツブルクは魔窟!

 芸術の世界では上を見たらきりがなく、天才の上をさらにゆく天才がいるということはよくわかっていたつもりです。しかし、今日の歌曲とアリアの昨夜では、もう驚愕を通り越して、ため息をつくしかありませんでした。
 元来はラトヴィア出身のメゾソプラノ歌手、エリーナ・ガランチャが歌曲のリサイタルを催すところだったのですが、急病で降板しました。チケットが払い戻しになるのかと思ったら、今ザルツブルクに滞在している歌手さんたちにボランティアをお願いして、急遽「歌曲とアリアの花束」を催すことになりました。
 私の知っていた歌手の名前だけあげると、テノールのミヒャエル・シャーデ、フランチェスコ・メーリ、ソプラノのクラッシミーラ・ストヤーノヴァ(このアクセントが正しいようです)、メゾソプラノのマリー・クロード・シャピュイ(去年「コジ」でドラベッラを歌った人)、それに加えて昨日「薔薇の騎士」でさんざん好色で低俗な男爵を歌いきったばかりのギュンター・グロイスベックほか、ニコラ・アライモ(超絶巨漢のバリトン)や初めて名を見たJavier Camarenaというテノールが歌いました。また"Young Singers Project"という新人を(たぶん)支援するプロジェクトのメンバーの若手バリトンとメゾソプラノが加わりました。
 全部の歌手について書くと夜が明けてしまいますから、びっくりした話だけまずは書くことにします。
 今夜のコンサートはでドイツ、フランス、イタリア歌曲およびオペラの有名なアリアが取り上げられ、一晩で二晩以上の盛りだくさんでした。
 昨夜見事な元帥夫人を歌ったストヤーノヴァの歌う「オテロ」から「デズデモナ」の祈りのシーンは清冽な声と表現に胸がすっかりあつくなりました。
 シャーデの緻密なシューベルトとR.シュトラウスもすばらしかったものの、彼の高音はやや硬くて聴きづらいものがありました。
 新人のバリトンが「詩人の恋」から抜粋を歌い、暖かい拍手を浴びていました。バリトンというよりバス・バリトンの声で、低音域は非常に聴きがいがありました。将来が楽しみな歌手です。
 それからシャピュイがフォーレとサティーを歌ったのですが、その声は「クリーム色の声」と名付けたいほどなめらかで美しかったです。
 以上が前半で、すでにかなり満腹感がありました。
 しかし、本当のサプライズがあったのは後半でした。
 グロイスベックがシューベルトのハードな歌曲(「プロメトイス」、「ハーデス(冥府)への旅、「羊飼いの嘆きの歌」)を堂々と歌いました。低音の魅力あふれる、しかも大変歌詞の明瞭な歌い方でした。昨日のオクス男爵とはまるで反対の方向で、同じ人がこんなに違う演奏をできるのかと驚きました。
 その後また新人のメゾソプラノ歌手がウォルフのこれまた有名な歌曲で底力を見せつけ、大喝采を浴びていました。
 以上は「前口上」。驚きと「中毒」はその後にやって来ました。
 舞台にやけに小柄でちょっとおじさんっぽい、西田敏行をひとまわりかふたまわり小さくしたようなテノール歌手が出て来ました。私はてっきり日系人かと思いました。本当に小柄な人でした。
 が、グノーの「ロメオとジュリエット」から「太陽よのぼれ!」を歌い始めた瞬間、世界がぐるりとまわって、別世界に連れて行かれました。
 何という美しい声、何という豊かな声!聴いたことのない声でした。どんなにフォルティッシモで叫んでも、全然耳障りにならないのです!こんなテノール、初めて聴きました!たいていのテノールは声が強かったり、声が硬くて聴いていられないのですが、この人は違う!
 感動のあまり叫び出したのは私だけではありません。大喝采にブラヴォーの歓呼。
 この人の名はJavier Camarena, 今しらべたところ、ハヴィエル・カマレーナというメキシコ出身の人のようです。
 人生で初めて出会った、どれほど叫んでも美しく、胸を打たれる声です。
 この人はさらにアライモとロッシーニの二重奏を歌い、その上にトスティの歌曲を一曲歌いました。とにかくこの人は人間ではないと思えるほど凄かったです。
 あとは、アライモという巨漢がロッシーニの有名な「セヴィリアの理髪師」のアリアを歌い、これまた会場が湧きまくり、その間をぬってフランチェスコ・メーリが2曲歌いました。普通だったら、この人が今夜の最大のヒーローなんでしょうけれど、いえいえ、メキシコ人のカマレーナはまだその上を行っていました。
 とにかく、一曲たりとも退屈な曲はなく、誰ひとりとっても最高の歌手ばかりでした。
 どうやらアライモとカマレーナは今公演中である「チェネレントラ」に出演中のようです。「チェネレントラ」は学生時代に一度見て、あまりのつまらさに席を立ってしまった曰く付きのオペラ。バルトリのメゾがお目当て、そしてもし今回この曲を楽しめなければオペラをみるのをぷっつりやめようと思って最終公演のチケットを取りました。
 まだこの後興奮が待っているのかと思うと、体力を回復する必要性を強く意識してしまいました。
 なぐり書きになってしまったので、いずれ修正します。
 今夜はこれにて。興奮で眠れないかも。

追記:
この演奏会、ピアノ伴奏者がただ者ではなく、ジュリアス・ドレイクに比肩するほど最高級のマルコム・マルティノーが歌手を見事に支え、時にはオーケストラよりも激しく弾いていました。あと、アン・ベックマン、サラ・ティスマン(タイスマン、かも)も見事な伴奏ぶりでした。