2013年3月7日木曜日

ドイツ滞在中間報告


今回の旅行は、あまり体調がすぐれないにもかかわらず強行したためにいくつものトラブルがあった。

最初の滞在地オルデンブルクでは大変な倹約家の友人(40年来の友、4人の子供、3人の孫がいる)と何度となく口論してしまった。とにかく彼女はディスカウントされていない商品は絶対に買わない、薬はジェネリックでないとダメ、タクシーを呼ぶぐらいなら末っ子に運転させてそのお金を彼にあげてほしいなどと言って、時間と体力に制限のある私とは対立しっぱなしだった。

旦那さんの収入だけで4人の子供を育て上げ、大きなログハウスまで建てたのだから、彼女の経済観念はDINKSの私ら夫婦と違う。もっとも私も医療費と母を扶養する費用で毎月自転車操業状態であるが、わざわざチョコレートを買いに行くのにスーパーのチラシを比較検討するなんてことはしない。

ハンブルクの3日間は最初天気に恵まれなかったが素晴らしかった。トーマス・マンの全作品を学生時代に(日本語で)読んだ私にとってこの雰囲気こそ「北ドイツ」である。イメージと現実が見事に一致した。ここでは35年前に憧れた北ドイツの街と言葉を堪能することができた。おのぼりさん丸出しで、観光バスに二回(異なる経路)も乗ってしまった。はとバスにすら乗ったことがないのに。(笑)港町ハンブルクはどこか私の育った神戸と似ている。自由な雰囲気、遠い世界を想像させる港がそっくりなのだ。ああ、また来たいなぁ。

それに音楽会にまで行くことができて、これも予想外だった。聖ミヒャエリス教会でのコンサートの後、トン・コープマン氏と直接話ができて嬉しかった。クラウス・メルテンスの素晴らしいバスソロに涙を流した。

昨日最終訪問地のベルリンに到着した。オルデンブルクやハンブルクに比べると、電車が駅に近づくにつれてグラフィッティ(壁の落書き)が目立ちはじめた。私はこの手の落書きが大嫌いなのだ。以前に3回滞在した旧東ベルリン市の地域では結局全然くつろぐことができなかった。私が「壁」とか「グラフィッティ」を嫌うには特別な理由があるのだが、詳しくは別の折に書きたい。(1980年に西ドイツ人二人と一緒に東ベルリンに行き、壁を近くで見ようとして警察に6時間抑留されたのである。詳しくは後日。twitterにちらりと書いたのでmalte3またはkyoko rikitakeで検索してみてください。)

さて、今回は去年の夏同様シャルロッテンブルク、さらに詳しく言えばクーダム、かつての西ベルリンの中心街に投宿している。これから一週間のあいだゲーテ・インスティトゥートやら国立図書館に通う予定である。

しかし、困ったことにまたしてもハプニングが。

急に暖かくなったためにかえって風邪をひいてしまい、今声がほとんど出ない。週末にはまたマイナス何度(最低マイナス9度とか)の予報が出ている。はたしてもちこたえられるのか?

さらに困ったことに、ホテルにいるのが苦痛でたまらないのだ。いや、ホテルはとっても上等でサービスも最高だ。しかし、その設備に問題がある。一階にはレセプションはなく、ポーターがいるだけ。エレベータで二階のロビーに行き、さらにそこで別のエレベータに乗って上層階に行くようになっている。

ところが、私は異常な高所恐怖症なのである!エレベータは上下と側面全部ガラス張り!しかも建物は吹き抜けになっていて、エレベータから下も上も見える。このエレベータに乗ることを考えただけで私は身震いする。かといって膝関節症がひどくて階段の昇降ができない。普通の人には想像がつかないと思うが、高所恐怖症の私は実際に高いところに立ったときにパニックになるだけでなく、ガラス張りのエレベータに乗ることを考えただけで気分が悪くなる。

というわけで、このホテルから脱出することを試みた。しかし、全額前払いしているので話がややこしい。ホテル側は、連泊だから安くなったので、一週間はやくチェックアウトしても一切返金はできないと頑張っている。

しかし、貴重な一週間をこの気分ですごすのはあまりにも残念だ。というわけで、筋向いのホテル(去年泊まったところ)に引っ越すことにした。明日、向かいのホテルにチェックインする。そのホテルではレセプションの人やコンシエルジュは私を覚えていてくれた!しかし返金不可の現ホテルのことを考えると、ずいぶん無駄遣いになるので憂鬱だ。

ところで今夜は本来なら州立オペラの公演、ワーグナーの「神々の黄昏」を見ているはずだった。いや、実際に見に行った。午後6時開演で一幕を見た。しかし、風邪で体調は最悪、咳が出そうで苦しい。やたら叫び散らすソプラノとテノールはこれまた苦手中の苦手である。終演は何と午後11時30分頃となっている。カーテンコールを含めてその場にいると午前様になってしまう。

これは体調を考えれば絶対に無理なのできっぱりと諦めて休憩時に脱出してきた。ちょっとタクシーでトラブルがあったが、まあ部屋には戻れた。

私にとっての音楽の領域はピアノ、バイオリン、声楽(ドイツ・リートのみ)あたりで、最近オーケストラ音楽、ことに合唱入りの宗教音楽が大変好きになった。またモーツアルトのオペラにもほれ込んだ。

しかし、私は叫ぶソプラノとテノールが苦手である。そこまで叫ばなくても聞こえるのに、と言いたくなる。今日はまともに恐怖のソプラノに当たってしまった。お目当てのミカエル・ペトレンコ(ハーゲン役)が良かっただけに残念だったが、諦めた。

オペラといえば2010年にザルツブルク音楽祭で「コジ・ファン・トゥッテ」と「ドン・ジョヴァンニ」を体験して一発で持っていかれてしまい、完全にはまった。

しかしイタリアオペラは相性が悪いらしく、去年「トスカ」を二幕まで夢中になって見ていたのに、スカルピアが殺害された後の三幕では退屈してしまった。残るはソプラノとテノールだけだったからだと思う。今回オルデンブルクで「ラ・ボエーム」を見て、これも演出が大変気に入ってクリスマスの前と後の世の中の変わりようには感動した。しかし肝心のミミが死ぬシーンではもうすっかり冷めてしまった。たぶんイタリア語があまりわからないから言葉の意味と音楽を関連づけて考えられないためつまらないのだろう。それ以前にプッチーニの音楽は私にはもうひとつピンと来ないようだ。

まあ、当分オペラはモーツアルトとヘンデルだけにしようと思う。え?大阪フェスティバルホールのこけら落とし公演で「オテロ」を見る予定はあるが、これは原作がシェイクスピア。シェイクスピアものはほとんどすべて好きなのだ。オペラはモーツアルトもの、シェークスピア原作もの、それに20世紀の英米の歴史性のあるものが私にはあっていると思う。ジョン・アダムスの「中国のニクソン」は良かった!

というわけで、ベルリン到着早々風邪はひくし、ホテルではくつろげないし、惨憺たる状況であるが、残る一週間、図書館とか出版社に通ってまともに勉強したい。音楽会はあとアンドリス・ネルソン指揮のベルリン・フィルの公演とシュターツカペレの定期(リサ・バティアシュビリがブラームスのバイオリン協奏曲を弾く!)に行くのみである。

これ以上風邪がこじれるとまずいのでそろそろ今夜は寝ることにする。