先日テレビをやめることに決めたと書きましたが、その理由を夫が上手に書いているので、ここにリンクしておきます。
http://heikou-konton.blogspot.jp/2012/08/blog-post.html
要するに私らも歳をとってしまったということなんです。(笑)
2012年8月22日水曜日
ザルツブルクより
突然ですが、私は8月14日からオーストリアのザルツブルクに滞在しています。夢のような美しい景色、ぬけるように青い空・・・モーツアルトがすごしたこの街にいるとまるで桃源郷に遊んでいるような気分になります。
そして世界最高級の演奏家、俳優、演出家による公演は私の疲れた精神を激しく高揚させてくれます。
しかし連日の感動と当地の猛暑でついに疲労困憊してしまいました。そこで今日はコンサートを諦めて一日ホテルとその周辺だけで過ごしました。
オペラやコンサートの感想(一部すでに書いたものがありますが、)は24日にドイツのオルデンブルクに到着してからゆっくり書きたいと思います。
とことで私がこの街で実体験できたのは、「民族と言葉のモザイク」です。
一日にいくつの言葉を耳にすることでしょう!ドイツ語、英語、フランス語、イタリア語は毎日どこへ行ってもききます。声楽のコンサートでは私の後ろの席でスェーデン語が聞こえました!あと、スペイン語とオランダ語も。
実際にはもっともっと多くの言葉が話されているのでしょうが、私がそれを認識できないだけです。明らかに東欧の言葉(軟音が多い)とわかったこともあります。でもロシア語ではなかったのと、その人々の風貌からしてポーランド語かと思いました。
あと、今日駅でチェコ語らしき言葉をききました。
今回嬉しかったのはお母さんが子供に話しかけているイタリア語がかなりわかったことです。大人どうしの会話はまだあまり理解できませんが。
中国語と日本語を聞かない日はありません。ホテルにも数十人の日本人と中国人の団体さんが来ています。ダイニングルームが言葉のわからない団体さんでいっぱいだとものすごく引いてしまいます。
ともかく、私が外国語のレパートリーを増やせば増やすほど、わかる言語の数が増えてザルツブルク滞在が楽しくなると思います。今はほとんど理解できないハンガリー語なんかいつか挨拶程度にできるようになると嬉しいなあと思います。
ザルツブルクに来るたびにわかる言葉が増えますように!言葉(といっても挨拶程度ですよ。)の勉強がこんなに楽しいものだったとは私自身知りませんでした。ドイツ語は苦行でしたから。(笑)
では、またザルツブルク、オルデンブルク、ベルリンから投稿します。
2012年8月1日水曜日
テレビに「マイッタ」した話
目下前期末試験の採点、論文の発表会の司会などで大変忙しい日々を過ごしております。
ところで、この数日間私は朝起きると目がかすんで携帯の画面を見ても字が読めません。日中は頭痛に悩まされ、夜になるとテンションがあがって眠れなくなります。
いったい、私はどうしたのでしょう?
決して仕事のし過ぎではありません。答案を見るのは大変ストレスのたまる仕事なので少しずつ採点しています。驚き、怒り、笑いの三者の間を行ったり来たりしながら。:-)
この不調の原因は実はテレビなんです。
我が家では約3年間テレビをやめていました。NHKの受信料は払い続けたものの、ワンセグ以外で見なくなっていたのです。ワンセグで見ることは月に一回あるかどうかという程度でした。
ところが去年の11月にケーブルテレビ(有料チャンネルを含む)まで契約してテレビを復活させたのでした。天気予報を見たかったからです。あと、クラシックの専門チャンネルを契約したかったからです。
テレビがあると、「ながら」ができなくなります。音楽を聴きながら家事をこなすことはできますが、テレビを見ながら食事の支度なんてできません。
それに、テレビはまさに必要のない時(CM!)に限って音量があがります。
そしてテレビはやたら煽ります。一人だと絶対に笑わないようなシーンでも、無理矢理に笑わされます。お笑い番組の類は、何だかとっても不快です。
そして見てしまってから、「ああ、疲れた。見なくても済んだ番組だったのに。」なんて言ってしまうのです。
この春に1960年代後半~70年代前半のテレビドラマ、「スパイ大作戦」(子供時代、この番組を見るのが最高の楽しみでした!)がCTVで再放送されたので、毎晩7時から8時まで、食卓の会話すらやめてテレビに見入っていました。なぜなら、集中して見ないとすぐわからなくなる番組だったからです。
一か月ばかり月曜から金曜まで「スパイ大作戦」を見続けて、何だか我が家の「会話」が減ったような気がしました。それに、テレビに茶の間を支配されてしまいました。番組に間に合うよう用事を片づけるか、あるいは後回しにしてしまうようになりました。
ここ3か月ぐらい再びテレビを見ない生活をしていたところ、オリンピックが始まりました。
もちろん、開会式も見ていませんし、そもそも時差が7時間あるので実況放送を見る気はありませんでした。
ところが、東京オリンピックで日本人として大活躍した三宅義信さんの愛娘(注:ここは私の思い違いで、宏実選手は義信さんの姪でした。)三宅宏実選手が女子重量あげ48kg級に登場するというので、「つい」見てしまいました。コーチのおやじさん、昔はいかにも強い日本男児という感じだったのですが、ずいぶん柔らかい感じの人になっていました。ああ、懐かしい!
(だいたい東京オリンピックを覚えているなんて言えば、年齢がバレてしまいます。しかし、三宅選手は素晴らしかった。太短い脚がかえって魅力に思えました。東京オリンピックに関してはこの重量あげ以外ほとんど覚えていません。)
サイボーグな感じの三宅宏実さん、見事に銀メダルを手にしました。
さて、それからちょっと柔道を見ようと思ったのが間違いのもとで、結局3日連続で午前1時ぐらいまでテレビの前に釘づけになっていました。
当然のことながらひどい寝不足に陥るとともに、興奮しすぎて眠れなくなりました。朝寝坊できた3日間はそれで良かったのですが、今日からは朝寝坊できないスケジュールなので昨日以来キッパリ夜のライブ中継を見るのをやめました。
おかげで、昨夜は夫と二人で話に花を咲かせながら夕食をとることができました。私たちも歳をとったねぇ、動画を見ていると目が疲れてしまうもの、なんて言いながら。
二人ともまた給料が下がることだし、テレビのない生活に戻るかなぁ、なんて今話しております。
結局私たちはテレビに「マイッタ」をしたのです。
でも、「マイッタ」をしないと腕が折れたり、窒息して意識を失うことだってあるでしょう?
そろそろテレビに対してけじめをつけようと思っています。
と言っても、8月中旬からまたヨーロッパ一人生活。ホテルに一人いるとテレビをつけっぱなしにしてしまうのですよね。
困ったものです。
さて、夕食の支度をしながら、またオペラのDVDでも見るか。あ、DVDを見るのはテレビを見るのと同じか。DVDはやめて同じ曲のCDを聴くべし。
2012年7月8日日曜日
実演を聴かずして演奏家を判断することは困難?
今日は梅雨の晴れ間に池田市にある逸翁美術館・マグノリアホールまで増井一友ギターソロコンサート、「スペインの夏---ラテンの風」を聴きに行ってきました。
こちらがポスター。
http://www.hankyu-bunka.or.jp/sys/topics/article/26
結論を先に言えば、「実演を聴かずして演奏者を判断することはむずかしい」と感じました。
増井さんのギター演奏はYouTubeでも拝聴して大変好ましい印象を抱いていたのですが、やはり実演は違いました!
ところで、本題からはずれますが、私は去年の夏にザルツブルクとドレスデンでモーツアルトのオペラを3つ(ダ・ポンテ三部作です)聴いて、完全にオペラの虜になってしまいました。実はそれ以前オペラは大嫌いなジャンルで、テレビやラジオで放送されていても、「うるさい、長い、大袈裟、非現実的、耐えられない!叫ぶソプラノは最悪!」と思っていたのでした。それに私は去年の秋までイタリア語が全くできませんでしたので、イタリアオペラは退屈でした。
それが実際に劇場で、超一流の演奏家によるオペラを聴いたら、その最初の日からオペラの世界に完全にはまってしまったのでした。この件はまたブログに書くことにしますが、それほど実演って面白く、正直なんですね。
増井さんの演奏も同じで、実演に触れてすっかりその魅力の虜になりました。
本日聴いた曲で私の知っていたのはあのターレガの「アルハンブラの思い出」だけでしたが、はじめて聴いた曲なのにいずれもたっぷり楽しむことができました。最初のルイジ・レニアーニの「カプリス Op.20より、No.2, 15, 9,7」ですぐにぐっと引きこまれてしまいました。あと、演奏者自身の解説も理解の助けとなりまた。
何と言ってもラテンのリズムが素晴らしかったです。譜面に書けないような一秒の何十分の一にもみたないわずかなタイミングのずれ---まさに「ゆらぎ」---の快いこと!
「アルハンブラ」での6度の(Fis-->D)の上昇時に感じる快い高揚感(ここはうまく表現できません。とにかく私には気持ちいいのです。)に酔い、トレモロの間からメロディーが浮き上がるところ、低音は太くおなかに響く音で、高音はまるで裏声のようになまめかしく、中音はトレモロに埋もれないしっかりとした響きで演奏され、演奏のきめの細かさに驚きました。
梁田貞作曲、壺井一歩編曲、「城ケ島の雨」は本日のサプライズでした。面白い編曲と演奏でオリジナル作品とはまるで違った世界を体験させていただきました。短調とも長調ともつかずふらふらする和声の中に、あの「城ケ島」のメロディーがホ短調で切れ切れに続く世界、ギターならではの音色の変化が楽しめました。しかし、あのメロディーの際立たせかたは凄かった!
ちなみに演奏者の解説によると、音楽大学の学生に「城ケ島の雨」を知っているかどうかきいたところ、一人も知らなかったそうです。そのあたり、世代間の隔絶を感じますねぇ。そういう私も実は「城ケ島」→ショパンの「24の前奏曲」の終曲のメロディーという変な連想でこの曲を覚えているだけで、歌詞を知りません。(笑)
さらにスペインものがいくつも続くのですが、私自身に全く知識がないのでここはまとめて感想を。
私はもう30年ぐらい前だと思いますが、スペインの女性ピアニスト、アリシア・デ・ラローチャを何度か実演で聴いたことがあります。
その時に受けたスペイン音楽の感銘は、今なお忘れることができません。あまりにも微妙な「ゆらぎ」なので決して真似のできないリズムの揺れ、「こぶし」を唄う時の人間の声に似た、これまた絶対にコピーできない即興性を感じて驚嘆したのでした。
スペインの音楽にはドイツの4拍子のマーチとは異なる世界があるのですね。
今日はその昔聴いたアリシア・デ・ラローチャのスペイン音楽を久しぶりに思い出すような演奏でした。
それともうひとつ、最初に書くべきだったのですが、ギターの音は同じ分散和音を弾いても弾きかたによってずいぶん表情が違いますね。明るい響きになったり、くぐもった音になったり、ためらうような控えめな音になったり、ピアノ弾きにはちょっと想像しがたい世界です。
あと、千変万化の音色も堪能しました。まるで地声と裏声の対比のような弾き分け、全く同じ高さの音を出すにも、解放弦とひとつ下の絃の高いポジションを使いわけることによって独特の「鐘の音」の効果をあげるところ(エドゥアルド・サインス・デ・ラ・マーサの「暁の鐘」)、靴を踏み鳴らすフラメンコそのもののサバテアード(レヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサ、「サバテアード」)など、リズムの心地よさと音色の変化が絡み合い、ピアノでは表現できない楽しさを体験できました。
誰かが話(講義?)をしていて、それに質問が出たり、ツッコミがはいる人々の話の輪(いや、もっと直截的に申しましょう。私には「講義」の様子に聞こえてしまいました。)など楽しく想像を、いや妄想をはたらかせておりました。:-)
あと、グラナドス、「ゴヤのマハ」、はたして作品は「着衣のマハ」、「裸体のマハ」(「マハ」は単なる「女性」という意味だと思います。)のいずれにインスピレーションを得てかかれたのでしょう。(そういえば、増井さん、「裸体のマハ」のことを「脱いでるマハ」なんてべたな言い方をされたので、おかしくてたまりませんでした。)
いや、本当に楽しいひとときを過ごさせていただきました。
大雑把な感想ですが、またひとつ新しい分野の音楽に開眼してしまって、はっきり言って・・・困っています。(笑)
とにかく、実演を聴くのと録音を聴くのでは体験できる世界がまるで違うということが昨年のザルツブルク、ドレスデンについで理解できた演奏会でした。
2012年7月4日水曜日
突然話題について行けなくなった話
夕方、CNN International のテレビを「聞いて」いたら突然女性アナウンサーの言っていることがさっぱりわからなくなってしまいました。
耳をすましても聞こえるのは"particle"とか"missing particle(?)"とかだけ。これ、文法の話ではないよね、と思ったものの結局わからず、次に男性がコメントをつけた時にやっと「何やら稀有の現象あるいは物質が見つかったらしい」というところまで行きましたが、やはりあとはギリシャ語なみ。
キッチンでテレビを見ていた夫に、「突然英語が全然わからなくなったよー。私の耳に異常が起きたのかなぁ?」と声をかけてみたら、
「ヒッグス粒子が非常に高い確率で存在することを示す観測結果が得られたんだよ。」
「ヒッグス粒子?」
その後NHKのニュースをきいてだいたい理解しましたが、実は日本語できいても知らない単語がたくさんありました。
そこをNHKの武田アナウンサーがとても上手に説明してくれたので驚きました。
アナウンサーの仕事って大変ですね。いきなり入ってきた科学技術ニュースでもしっかり自分で把握してカメラの前で説明しないといけないのですから。
「イケメン系アナウンサー第一世代」とひそかに私が呼んでいる武田さんは偉い!私ならこんなネタが入ってきたら逃げます。(笑)
あとは、我が家の物理やさんに詳しく説明をしてもらいました。
私の場合、音楽ネタなら英語でもドイツ語でもたいていわかるのですが、科学技術ネタになると一気に理解率が落ちます。要するにバックグラウンドの知識がことばの認識力に大きな影響を与えているわけですね。あたりまえですけど。
ドイツ語の授業をやっていて、文法概念をなかなか理解してもらえないのも、学生さんの言語に関する背景知識が違うからなんですね。
私にとって「格」の概念は大変基本的なもので、ドイツ語、ラテン語だけでなく、それこそフランス語やイタリア語を考えるにも、もしドイツ語ふうに「格」で言うとここは3格(与格)、いや、ラテン語では与格じゃなくて奪格か、というふうに逆にあてはめてしまうのです。
「格」を当たり前と思っている限り、わかっていただける授業はできないのでしょうねぇ。
しかし、私はどうやって格の概念を身につけたのか、それが思い出せません。たぶん大量の文を丸暗記する中で自然に感覚で覚えたように思います。授業では一応格の用法を分類して説明しますが、実はその説明法を文法の教科書を執筆することになるまでよく知りませんでした。
今日覚えた語彙:boson, particle, elementary particles, etc.
耳をすましても聞こえるのは"particle"とか"missing particle(?)"とかだけ。これ、文法の話ではないよね、と思ったものの結局わからず、次に男性がコメントをつけた時にやっと「何やら稀有の現象あるいは物質が見つかったらしい」というところまで行きましたが、やはりあとはギリシャ語なみ。
キッチンでテレビを見ていた夫に、「突然英語が全然わからなくなったよー。私の耳に異常が起きたのかなぁ?」と声をかけてみたら、
「ヒッグス粒子が非常に高い確率で存在することを示す観測結果が得られたんだよ。」
「ヒッグス粒子?」
その後NHKのニュースをきいてだいたい理解しましたが、実は日本語できいても知らない単語がたくさんありました。
そこをNHKの武田アナウンサーがとても上手に説明してくれたので驚きました。
アナウンサーの仕事って大変ですね。いきなり入ってきた科学技術ニュースでもしっかり自分で把握してカメラの前で説明しないといけないのですから。
「イケメン系アナウンサー第一世代」とひそかに私が呼んでいる武田さんは偉い!私ならこんなネタが入ってきたら逃げます。(笑)
あとは、我が家の物理やさんに詳しく説明をしてもらいました。
私の場合、音楽ネタなら英語でもドイツ語でもたいていわかるのですが、科学技術ネタになると一気に理解率が落ちます。要するにバックグラウンドの知識がことばの認識力に大きな影響を与えているわけですね。あたりまえですけど。
ドイツ語の授業をやっていて、文法概念をなかなか理解してもらえないのも、学生さんの言語に関する背景知識が違うからなんですね。
私にとって「格」の概念は大変基本的なもので、ドイツ語、ラテン語だけでなく、それこそフランス語やイタリア語を考えるにも、もしドイツ語ふうに「格」で言うとここは3格(与格)、いや、ラテン語では与格じゃなくて奪格か、というふうに逆にあてはめてしまうのです。
「格」を当たり前と思っている限り、わかっていただける授業はできないのでしょうねぇ。
しかし、私はどうやって格の概念を身につけたのか、それが思い出せません。たぶん大量の文を丸暗記する中で自然に感覚で覚えたように思います。授業では一応格の用法を分類して説明しますが、実はその説明法を文法の教科書を執筆することになるまでよく知りませんでした。
今日覚えた語彙:boson, particle, elementary particles, etc.
2012年6月18日月曜日
アウサン スーチーさんのノーベル平和賞スピーチ
一昨日の夜、台所の片づけをしながらテレビのスイッチを入れたところ、アウンサン・スーチー(Aung San Suu Kyi)さんのノーベル平和賞受賞スピーチが始まるところでした。
驚くなかれ、彼女が受賞したのは1991年。21年後まで彼女は受賞するために国外に出ることができなかったのです。
おそらくミャンマーの正装と思われる紫系の地味ながら美しい衣装をまとい、いつものように白い花を髪にさしてゆっくり、しかし力強く話しておられました。
心を打ったのは、彼女が自宅軟禁されていた時代、自分はもうリアルな世界の人間ではないと感じたくだりで、ちょうどスピーチ原稿が nobelprize.org に掲載されたので、引用ささせていただきます。
Often during my days of house arrest it felt as though I were no longer a part of the real world. There was the house which was my world, there was the world of others who also were not free but who were together in prison as a community, and there was the world of the free; each was a different planet pursuing its own separate course in an indifferent universe. What the Nobel Peace Prize did was to draw me once again into the world of other human beings outside the isolated area in which I lived, to restore a sense of reality to me.
私が自宅軟禁の身であった頃しばしば私はもはやリアルな世界の一部ではないように感じました。私にとっては、私の世界である家がありました。同じく自由でないけれども獄中でコミュニティーをなして一緒に暮らしている人々の世界がありました。そして自由な人々の世界がありました。そのひとつひとつの世界が、その互いに関係のない(indiferrent)無関心な宇宙(universe)の中で自分たちだけの孤立した道を進む異なる惑星でした。
ノーベル賞がが成してくれたのは、私が現実感を回復できるように、私を私が暮らしていた孤立した領域の外にいる他の人々のもとへ今一度ひきもどすことでした。(筆者試訳)
この後、彼女は自宅軟禁されていた「時間のたっぷりある」時代には、巧みに仏教的思想を使いながら彼女が人生に渡って学び受け入れた言葉や教訓(教え)について沈思熟考することができたと語りました。
そこでは、仏教的用語(「苦しみという意味の」「ドゥカ」(dukha))という概念をに取り入れながら孤独、引き裂かれた状態について語られていました。(この部分、時間があればまた訳します。)
この後、人権の大切さについて述べ、さらに"kindness"という語を使って次のように述べています。
Even the briefest touch of kindness can lighten a heavy heart. Kindness can change the lives of people. Norway has shown exemplary kindness in providing a home for the displaced of the earth, offering sanctuary to those who have been cut loose from the moorings of security and freedom in their native lands.
ほんのちょっとした思いやり(kindness)でさえも、重い心を明るくしてくれます。思いやりは人々の人生を変えることができるのです。ノルウェイは、地球上で追放された者に家(home)を与え、故国における安全と自由という拠り所から切り離された人々にサンクチュアリーを提供することにより、良き(好例となる)思いやりを示して下さったのです。
と、ノーベル賞に対する感謝もきちんと述べられています。ただ、彼女の言うkindnessに対する良い訳語が見つかりません。
テキストは今しがた見つけたばかりなので、もう一度ゆっくり読み直します。
講演を聞いていて、何か熱いもの、そして大変強いものと同時に彼女のやさしさ(kindness)を感じました。人権思想は理屈だけでなく、ハートの問題でもあると感じました。
この講演はどうやら日本のテレビでは同時中継されなかったようですね。
私はたまたま CNN International で見たのですが、受賞コンサートなども中継され、貴重な番組をリアルタイムで見ることができませんでした。
授賞式にお出ましの国王ご夫妻はじめ、参列者の服装が地味でシックなのにちょっと感激しました。最近オペラ歌手のもろ肌を脱いだような派手で露出の多い服装ばかり見ていてうんざりしていたところでしたので。(笑)
おごそか、しかし穏やかなひと時でありました。
講演のテキストは以下のところで全文読めます。
http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/peace/laureates/1991/kyi-lecture_en.html
驚くなかれ、彼女が受賞したのは1991年。21年後まで彼女は受賞するために国外に出ることができなかったのです。
おそらくミャンマーの正装と思われる紫系の地味ながら美しい衣装をまとい、いつものように白い花を髪にさしてゆっくり、しかし力強く話しておられました。
心を打ったのは、彼女が自宅軟禁されていた時代、自分はもうリアルな世界の人間ではないと感じたくだりで、ちょうどスピーチ原稿が nobelprize.org に掲載されたので、引用ささせていただきます。
Often during my days of house arrest it felt as though I were no longer a part of the real world. There was the house which was my world, there was the world of others who also were not free but who were together in prison as a community, and there was the world of the free; each was a different planet pursuing its own separate course in an indifferent universe. What the Nobel Peace Prize did was to draw me once again into the world of other human beings outside the isolated area in which I lived, to restore a sense of reality to me.
私が自宅軟禁の身であった頃しばしば私はもはやリアルな世界の一部ではないように感じました。私にとっては、私の世界である家がありました。同じく自由でないけれども獄中でコミュニティーをなして一緒に暮らしている人々の世界がありました。そして自由な人々の世界がありました。そのひとつひとつの世界が、その互いに関係のない(indiferrent)無関心な宇宙(universe)の中で自分たちだけの孤立した道を進む異なる惑星でした。
ノーベル賞がが成してくれたのは、私が現実感を回復できるように、私を私が暮らしていた孤立した領域の外にいる他の人々のもとへ今一度ひきもどすことでした。(筆者試訳)
この後、彼女は自宅軟禁されていた「時間のたっぷりある」時代には、巧みに仏教的思想を使いながら彼女が人生に渡って学び受け入れた言葉や教訓(教え)について沈思熟考することができたと語りました。
そこでは、仏教的用語(「苦しみという意味の」「ドゥカ」(dukha))という概念をに取り入れながら孤独、引き裂かれた状態について語られていました。(この部分、時間があればまた訳します。)
この後、人権の大切さについて述べ、さらに"kindness"という語を使って次のように述べています。
Even the briefest touch of kindness can lighten a heavy heart. Kindness can change the lives of people. Norway has shown exemplary kindness in providing a home for the displaced of the earth, offering sanctuary to those who have been cut loose from the moorings of security and freedom in their native lands.
ほんのちょっとした思いやり(kindness)でさえも、重い心を明るくしてくれます。思いやりは人々の人生を変えることができるのです。ノルウェイは、地球上で追放された者に家(home)を与え、故国における安全と自由という拠り所から切り離された人々にサンクチュアリーを提供することにより、良き(好例となる)思いやりを示して下さったのです。
と、ノーベル賞に対する感謝もきちんと述べられています。ただ、彼女の言うkindnessに対する良い訳語が見つかりません。
テキストは今しがた見つけたばかりなので、もう一度ゆっくり読み直します。
講演を聞いていて、何か熱いもの、そして大変強いものと同時に彼女のやさしさ(kindness)を感じました。人権思想は理屈だけでなく、ハートの問題でもあると感じました。
この講演はどうやら日本のテレビでは同時中継されなかったようですね。
私はたまたま CNN International で見たのですが、受賞コンサートなども中継され、貴重な番組をリアルタイムで見ることができませんでした。
授賞式にお出ましの国王ご夫妻はじめ、参列者の服装が地味でシックなのにちょっと感激しました。最近オペラ歌手のもろ肌を脱いだような派手で露出の多い服装ばかり見ていてうんざりしていたところでしたので。(笑)
おごそか、しかし穏やかなひと時でありました。
講演のテキストは以下のところで全文読めます。
http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/peace/laureates/1991/kyi-lecture_en.html
2012年6月17日日曜日
アウンサン・スチーさんのノーベル平和賞1991が今日行われました。
夕食後片づけをしながらテレビのスイッチ(CBC International)を入れたら、アウンサン・スチーさんがノーベル賞受賞スピーチを行うところでした。
我が家ではテレビをほとんど見ないので、彼女が1991年に受けたノーベル賞の受賞演説を今日行うとは全然知りませんでした。
いや~、格調高い、力強いスピーチでした。全部わかったわけではありませんが、いずれスピーチは公開されるでしょう。 後半、公演中に何度か拍手がありました。
中でも"kindness", "compassion"と仏教的な思想に根ざした表現を私はあまり違和感なくすっと受け入れることができました。西洋人にはこの概念はちょっと理解が難しいのではないかと思いました。
また追記します。
我が家ではテレビをほとんど見ないので、彼女が1991年に受けたノーベル賞の受賞演説を今日行うとは全然知りませんでした。
いや~、格調高い、力強いスピーチでした。全部わかったわけではありませんが、いずれスピーチは公開されるでしょう。 後半、公演中に何度か拍手がありました。
中でも"kindness", "compassion"と仏教的な思想に根ざした表現を私はあまり違和感なくすっと受け入れることができました。西洋人にはこの概念はちょっと理解が難しいのではないかと思いました。
また追記します。
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