2012年10月29日月曜日

ポリーニは今?

マウリツィオ・ポリーニが現在来日中です。健康上の理由により大阪と名古屋の公演がキャンセルされたため、公演は東京のみ。私も大学祭に伴う連休に聴きに行きたいと思っているのですが、ちょっと不安を感じるところがあります。

最近音楽関係のブログや評論家の講評で「ポリーニは衰えた」、「ポリーニは堕落した」などというあまり気持ち良くない記事が散見されるようになりました。

事実ポリーニは春に大病を患い、再起が危ぶまれた状態であったと聞きます。

昨年ザルツブルク音楽祭で聴いたポリーニは若干のミスがあったものの、大変粒だちの良い音で、ぐんぐん前進する彼らしい音楽を聞かせてくれました。「ワルトシュタイン」と「熱情」を中心にふたつの小さい(2楽章だけの)ソナタを弾き、「ワルトシュタイン」では第二楽章のダブルグリッサントの個所がうまくきまらなかったものの、「熱情」は凄く激しい演奏でした。小さなソナタもその器からはみだしそうなぐらい大きく聞こえました。

ところが、今年もザルツブルクで彼のコンサートに行ったのですが、それが「おや?」と思うようなできばえでした。作品はベートーヴェンの後期ソナタ3曲。

Op. 109(ホ長調)が始まった時、音が小さい上に分散和音が一部浮く(深く打鍵されていない時におきる現象)ような気がしてやや不安になりました。二楽章は彼らしい鋭い音も聴かれ、三楽章も無難に終了。でも、何だか音が彼の音ではありませんでした。

Op.110(変イ長調)は「悲歌」からフーガに移るところなどちょっと迫力不足。あと最後の詰めのところにフォルティッシモで大きなミスタッチがありました。ソナタ32番(Op.111, ハ短調)はいきなり一楽章の最初の飛躍に失敗!いくつか不安な個所があり、正直言ってどっぷりとポリーニの世界に遊ばせてもらうことができませんでした。しかし、長い長いトリラーをきれいに弾きながら音楽を作って行くところあたりは彼らしい出来でした。

座席は去年一番前でうるさすぎたぐらいでしたが、今年は12列目で本来なら理想的な音が聴けるはずだったのですが、音が浮いてしまったり、音の輪郭が不鮮明だったり、「座席が悪いのかな。」と思いました。ところが偶然その3日後にクリスティアン・ジメルマンがまたしても(!)公演をキャンセルしたため、ピンチヒッターとしてレイフ・オヴェ・アンスネスがリサイタルを開きました。Twitterでその情報を得るや速攻でチケットを予約し、聴きに行ったのですが、ポリーニの時とほとんどかわらない位置に席を取ったにもかかわらず、アンスネスの音は冴えて、力強くも繊細であり、非常に素晴らしい演奏でした。

とすると、やはりポリーニは不調だったのでしょうね。

ただ、救いになったのはアンコールに弾かれたベートーヴェンの二曲のバガテル。
Op. 126-3(変ホ長調)は柔らかく美しい音で落ち着いた演奏を聴かせてくれました。この人にこれほど柔和な表情があったとは!しかし、この曲を聴くと次の第4番(ロ短調、スケルツオ風の諧謔味のある曲)がどうしても聴きたい!「もう一丁!」と叫びたくなった時、ちゃんと第4番を弾いてくれました!これは嬉しかったです。

ギクシャクした変てこりんなところがこの曲の面白さ。その味わいを満喫することができて、「ブラーヴォ!」と思わず叫んでしまいました。

ポリーニの新しいCD(ショパンの24の前奏曲など)とブラームスの第一番の協奏曲(協演、ティーレマン、シュターツカペレ・ドレスデン)ではひどい不調を感じませんが、やはり前奏曲で「ほぉ?」と思うところがあったり、かつてほどの鋭さは感じられないように思いました。ただ、夜想曲は二曲とも(Op.27, 1,2、嬰ハ短調と変二長調)とても満足できました。ブラームスのほうは、ティーレマンがちょっと控えめ(あの格好つけたがり屋さんにしては:-))でしたが、ポリーニは健闘していると思います。

このCDでは終演後の拍手がカットされていますが、オランダの放送局radio4.nl のアーカイブで聴いた同じ演奏の録音では5分以上割れるような拍手喝采が入っていました。もう轟音って感じでした。なお、radio4.nlのアーカイブではこの曲はもう消去されています。(期間限定なのです。)

11月1日の公演、今のポリーニには期待できるような、しないほうが良いような微妙な状態ですが、クセナキスの作品2曲とベートーヴェンの小さなソナタ4曲(Op. 78, 79, 90、それぞれ嬰ヘ長調、ト長調、ホ短調)と「告別」(Op. 80a)という地味なプログラムを楽しめれば、と思います。「告別」の終楽章で思いっきりはじけて欲しいです。そして小さいソナタでも彼らしい「良い」音を聴かせてほしいです。