2009年10月20日火曜日

「森の孤独」(Waldeinsamkeit)

「森の孤独」(Waldeinsamkeit)と言えば、ロマン派の音楽の愛好家ならシューマンの「リーダークライス Op.39」の冒頭の曲、「異郷にて」(In der Fremde)を思い出すでしょう。

ドイツ文学で「森の孤独」を詠った作品としてアイヒェンドルフ(1788-1857)やハインリッヒ・ハイネ(1797-1856)の詩が有名ですが、この"Waldeinsamkeit"という造語はルートヴィッヒ・ティーク(1773-1853)によるものでした。

私は卒論でティークの『ブロンドのエックベルト』について書きました。もう30年近く昔のことです。(笑)

ティークにおいて「森の孤独」は破壊的、魔的な恐ろしさを秘めながらも、誰も知る人はいないという解放感にみちたものでした。

アイヒェンドルフにおいては魔的な要素は少なくなりますが、よりロマン的な情緒をたたえていると思います。(「ロマン的」の定義に関してはまたそのうちに。:-))

私はこの曲がなぜかたまらなく好きです。決して派手な作品ではないのですが、孤独と解放感の両方をしみじみと感じることができるからです。

だいたいの意味を口語で書きますと、

「赤い稲妻の走る彼方の故郷から

雲がただよって来る。

でも父も母も遠い昔に亡くなり、

故郷では誰も私を知らない。

間もなく、ああ、間もなく静かな時がやって来る。

そしてその時私もまた憩う。そして私の上には

美しい森の孤独が音をたてている、

そしてここにおいてもまた誰も私を知らない。」

メロディーはほとんど隣の音に移るだけ(半音か全音の進行)で、9-10小節目、12-13小節目、16-17小節目にかけて、そして24節目に音の飛躍があるだけです。あとは延々と二度の進行です。

「間もなく、ああ、間もなく静かな時がやって来る。」(ここでメロディーには4度、6度の飛躍が見られます)のところで期待感をふくらませ、そして続く「その時私もまた憩う」で長調に転じて小さなクライマックスに至り、同じ「そしてその時私もまた憩う」を今度は短調でほのかな寂しさをこめて繰り返します。

このあたりになると私は胸にジーンと熱いものを感じてしまいます。こんなにシンプルな音楽なのになぜ?

それは言葉と音が非常にうまく調和しているからではないかと思います。「その時私も憩う」(da ruhe ich auch)のauchで「(ダー ルーエ イヒ) アァーォホ」(日本語のカナでドイツ語の音を書くのは無理ですのでカタカナは近似値あるいはそれ以下と思ってください)のクレッシエンドが何とも気持いいのです。

auch(アァーォホ)と言いながらぐっと自分の声を解放するような感覚がたまりません。

言葉が音とうまく結びついて独自の感興を生み出すところが他にもたくさんあります。

ところで、この曲の演奏、私は30年以上前に発売された時にドイツから個人輸入したレコード(シューマン歌曲集、ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウのバリトン、クリストフ・エッシェンバッハのピアノ)を聴いてきました。CD化されてからも何百回もこの演奏を聴きました。

そしてこの曲の演奏はフィッシャー・ディースカウとエッシェンバッハでなければどうしても満足できませんでした。それはこちらの演奏です。

http://www.youtube.com/watch?v=FyL8n900RPk&feature=related

(Fischer-Dieskau, Eschenbach)

フィッシャー・ディースカウはほかのピアニストとの録音もあり、こちらギュンター・ヴァイセンボルンとの共演もなかなかです。

http://www.youtube.com/watch?v=4krruPr6KeA&feature=related

でも、私は1970年代に録音された、エッシェンバッハとの共演のほうが好きです。ピアノが細かいニュアンスをあますところなく表現していて本当に美しいのです。あとこの人のピアノには「孤独」、「憧れ」、「内面性」といったものが非常に豊かだからです。

先日マティアス・ゲルネのリサイタルでもこの曲が歌われていましたが、フィッシャー・ディースカウから離れられない私にはもの足りないのではないかと心配したのですが、実際にはフィッシャー・ディースカウとはまた違った味わいを感じました。

以下のリンクはゲルネの演奏です。ここでは原調(嬰ヘ単調)より全音下げてホ短調で歌っていますが、リサイタルではたしか原調だったと思います。

http://www.youtube.com/watch?v=FyL8n900RPk&feature=related

音と言葉の調和を考えていると無数の雑文を書きたくなります。楽譜を書き込めないのが残念です。