2014年10月24日金曜日

ユリアンナ・アヴデーエワのプロコフィエフと井上道義指揮大フィル

 今日はフェスティバルホールまで井上道義指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に行って来ました。前半はショスタコーヴィチ、ロシアとキルギスの主題による序曲、作品115およびユリアンナ・アヴデーエワのピアノ独奏を加えて、プロコフィエフ、ピアノ協奏曲、第3番、ハ長調、作品26、そして後半はチャイコフスキー、交響曲第4番、ヘ短調、作品36というプログラムでした。

 井上道義さんは今年4月に喉頭がんの診断を受け、長らく治療を受けておられました。その地獄のような闘病生活を何度かネットで読み、心底はやく元気になっていただきたいと祈りました。

 その井上さん、舞台に登場するなり両手を大きく開いてとても嬉しそうになさいました。一曲目は知らない曲でしたが、井上さんは途中から踊りだしました。そんなに踊ると指揮台から落ちるよ、と言いたかったぐらいでした。

 次に、ショパンコンクールで女性ではマルタ・アルヘリッチ以来45年ぶりに優勝を勝ち得たロシアのユリアンナ・アヴデーエワがピアノを独奏しました。

 プロコフィエフといえば、私には鋼鉄のイメージがあり、ピアノ協奏曲も鋭いタッチと大音量でもってガンガン突き進むというイメージがありました。最近ケント・ナガノ指揮のモントリオール交響楽団、そしてベレゾフスキーのピアノでプロコフィエフの第2番を聴いたばかりです。ベレゾフスキーはとにかく大音量と鋭い打鍵でもって押しに押しまくり、その超絶技巧でもって聞き手を圧倒しました。オケは完全に背景に退いていた感じでした。「協奏」のイメージはほとんどありませんでした。

 それに対し、アブデーエワのプロコフィエフは、品格があり、音も巨大ではないけれどしっかりした打鍵で安定した演奏を披露してくれました。中でも、彼女のピアノはオーケストラと対話を交わし、非常に親密な部分もあれば、オケと競い合う部分もあって、「協奏曲」として聴きごたえがありました。

 プロコフィエフでもアグレッシブに弾くばかりではなく、詩情を感じさせる珍しい演奏でした。フィナーレの追い込みは迫力十分で、聴き終えて「ブラヴォー!」と叫びたくなりました。

 しかしこんな日に限って関西名物(?)「ブラヴォーマン」がおらず、客席の反応は熱狂とまでは行かず、私としては残念でした。

 アヴデーエワは、服装も演奏スタイルも地味で、上半身裸同然の衣装で出てくるのではなく、きっちりした黒のパンツスーツ姿(でも上着の後ろがちょっと燕尾服に似ていてマニッシュな魅力あり!)、演奏時も意味ありげに体をくねくねさせることもなく、上半身はほとんど前後左右に揺れることなく、無駄な力が入っていませんでした。

 この人が経歴の割に日本でもうひとつ人気が出ない(東京で半額チケットがすでに出ているという話を聞きました。)のは、地味なルックスとその演奏スタイルにもあると思います。

 演奏スタイルは、とにかく音が美しく、モーツアルトを弾いてもひとつひとつの音がよく分離し、かつしっかり響き、プロコフィエフでも音が確実に鳴っていて、明晰きわまりないのですが、やたら強打したり、異常なスピードを出すことなく、作品と対話を交わすように丁寧に弾くスタイルでした。

 一昨年の3月に彼女が来日した折、演奏会に行く予定だったのですが、論文の締め切りと演奏会が重なり行けませんでした。後日その演奏会の録音をNHKの「ベストオブクラシック」で聴き、演奏会を逃したことをひどく後悔しました。その時に気づいたのは、不思議なほどよく響く音と全く大袈裟ではないけれど迫力にも欠けず、非常に詩情に富んだ深いニュアンスをたたえた演奏であったことです。ラヴェルの「ソナチネ」で、こんなエレガントで優しい演奏ははじめてだと感心したことを覚えています。

 今日は楽屋に下がろうとしたところ、井上さんに押し戻されて(笑)、アンコールを一曲。ショパンのマズルカ、二長調、Op.33-2を快活に、そしてエレガントにそして最後は華麗に弾いてくれました。

 この演奏会、前半だけでも十分に満足できました。しかし、後半にはさらに凄いものが待っていたのです。

 チャイコフスキーの交響曲第4番、これは井上さんの入魂の一曲でした。終演後井上さんはマイクをとり、少しおしゃべりをしました。その時に、「よく練習した!」と繰り返しておられました。その練習ぶりがよくわかるオケが一丸となった内容の濃い演奏でした。

 これを聴いて、井上道義さんは本当にがん治療という地獄から完全に生還したのだと感じることが出来ました。

 どうか井上さん、元気でご活躍ください。

 そしてアヴデーエワさんには、残る日本公演(地方公演が多くて移動が大変そうです。)において彼女の実力にふさわしい評価を得られることを祈っています。