2014年8月23日土曜日

都会じゃないから

 今日は咳がひどくてかなり苦しいので夕方まで部屋で休むことにしました。

 昼食をとりに同じ通りのすぐ近所のクラウン・プラザ・ホテルに出かけました。けっこう有名なレストランのあるホテルです。

 ホテルは改装され、ずいぶんきれいになったのですが、肝心のレストランが見つかりません。バーがあったのでそこできくと、「レセプションの向かって右側です」と教えてくれたので行ってみましたが、みつからず、ウロウロしていると日本人らしき女性に「こんにちは!」と声をかけられました。こういう状況では私の防衛本能が作動し、"Guten Tag!"と答えて通り過ぎました。当地で日本人あるいは日本人を求めている人と知り合いになって良い経験はあまりありません。それに風邪で体調が悪いので人と話したくなかったのです。

 結局レセプションに行ってレストランの場所をききました。そうしたら

「レストランは今やっていません。6階にできる予定です。」

「ということは今はレストランは営業してないのですか?」

「そうです。」

 仕方がないので雨の中をカフェかレストランを探して歩きました。しかし、看板はあがっているのに中は廃墟(?)だったり、あるはずの店がなかったり。これがベルリンだと半年前にあったものが同じところにある保証はありません。それほど街も店もかわります。けれど、のどかなザルツブルクではそう急速に街はかわらないと思っていました。

 カフェとアジア料理屋が並んでいたのでカフェのほうに入ったら実は両方同じ店でした。よくわからないメニューが並んでいるので一番安全そうな「鶏肉入りやきそば」を注文しました。それと「しぼりたてオレンジジュース」も。

 まず出て来たのは全然しぼりたてではない、ソーダの入ったジュースでした。それから出て来たやきそばはグルタミン酸ソーダの匂いがプンプン。店員さんにきいたら中華系のお店らしいのですが、机の上にはヤマサ醤油が置いてありました。そして割り箸には「おてもと」と日本語で書かれていました。

 やはり次は駅前のウィーン料理店に行こうと決めました。

 帰りに薬局に寄って近医を教えてもらおうとしたら、薬局には鉄格子が!土曜日の営業は12時まででした。

 東京や大阪といった都会で生活をしていると、ベルリンですら不便に思うことがあります。ましてやザルツブルクでは、生活を比較すること自身が無理です。


 



ザルツブルク便り(外国で病気になると)

 ザルツブルクに到着してから5日になりました。そのうち2日間、時差ボケと風邪で完全にダウンして寝込んでおりました。こちらの気候は乾燥していて朝夕は寒く(気温が10度前後まで下がります)、昼間に太陽が照ると30度前後まで気温があがり、びっしょり汗をかいてしまいます。

 旅先で病気になると本当に困ります。これがベルリンならすぐにお医者さんを見つけることができるのですが、何しろザルツブルク。インターネットで調べれば開業医は多数みつかるのですが、日本とは医療システムが違うのでそう簡単にふらりと診療所に行って診てもらえるわけではありません。

 去年お世話になった女医さんが良かったのでそこに電話をしてみようと思ったのですが、診療所と先生の名前がどうしても思い出せません。ということでいわゆる一般医(praktischer Arzt, allgemeiner Arzt などと呼ばれます)を紹介してもらおうと近くの薬局に行きました。

 しかし薬剤師さんは、「わかりません。インターネットで調べてください。」
今度はホテルのレセプションできいたところ、ホテルの「かかりつけ医(Hausarzt)」を紹介して下さろうとして電話を入れてくださったのですが、「夏期休暇中」のようでこれもダメ。結局「ネットで調べて電話してみてください。あと、緊急時は144に電話してください。」

 近医を見つけるのがこんなに面倒だとは思いませんでした。結局オペラに行くのを諦めて(ううう、チケット完売の公演だったので残念!)ホテルで寝ることにしました。

 咳がひどくなるようなら明日赤十字病院か大学病院に電話をして近医を紹介してもらおうと思います。しかし、医療機関は予約制ですのですぐに診てもらえるかどうかわかりません。

 外国で病気になると不安なのは言葉の問題です。私は普段から英語とドイツ語で症状を言えるように練習していますが、それは内科の疾患の場合だけで、整形外科などさっぱりわかりません。

 2年前の9月にベルリンで足を負傷した時は、ホテルのコンシエルジュがすぐに近医を紹介してくれたので即刻診療所に駆け込めましたが、困ったのは「ねん挫」ぐらいはともかく、ふくらはぎが痛い、左足の第1指−第3指の間が折れたのではないかと思うほど痛い、と言うのが限界で、それ以上は説明できませんでした。

 すぐに検査をして骨折がないことを確認した上、麻酔注射をバツン、バツンと2本打ってギプスなみの包帯を巻いていただきました。「あなたはArthroseがありますね」と言われてもArthroseが何かわからず説明を求める始末。ああ、関節症ですか。

 約1週間お世話になり、包帯をはずしてサポータを作ってもらって何とか歩けるようになりました。かかった費用は1000ユーロ以上。検査料やサポータ、靴の底敷を作ってもらってこれだけかかりました。旅行保険には入るべきだとつくづく感じました。

 夏になるとザルツブルクだけでなく、あちらこちらで音楽祭が催されますが、多くは山間部の避暑地だったり、電車もローカル線に乗らないと行けないところです。荷物を持って旅行するのが苦手で、かつ怪我や病気の多い私はとても夏の音楽祭など行けそうにないです。ザルツブルクだけは空港があるので来られたのですが、やはり病気になると大変です。

 旅先での病気には普段からまず「言語的に(少なくとも英語をしっかりと、できれば現地語も学習しておく)」、そして「経済的に(保険をかける)」備えておく必要があります。

 というわけで、せっかく夢のザルツブルクに来たのに、風邪をこじらせて寝込んでいます。明日はお目当ての「薔薇の騎士」の公演があるので何とか出かけたいと思います。



 

 

 

 

2014年8月21日木曜日

あまりの興奮に離人感をおぼえてしまいました。

Twitterからのコピーです。不明の部分を後日追記します。とりあえず今夜はこれで。


 究極の離人感、「ここはどこ?今ここにいるのは私?これは夢?」という不思議な感覚に陥ってしまいました。たねあかししましょう。ディアナ・ダムラウ(ソプラノ)とグザヴィエ・メストル(ハープ)の演奏会。魂を抜かれました。昨日ブッフビンダーにはがっかりしただけに、今日は良かった!
 
 いずれ詳しく書きますが、二人が出て来た時、メルヒェンの世界から王女さまと王子さまが飛び出して来たのかと思いました。(エルトマンの時もそうでしたが)美しい!見目だけでもあまりにも美しくてもう聴く前からとろーり。最後の曲を聴くまではひたすらハープ王子に聴き入ってました。
 ハープという楽器がここまでの表現力を有しているとはどうしても信じられません。リストの作品ひとつと、スメタナの「モルダウ」をハープが独奏したのですが、もうこれは技術と音楽性の極限まで達していたと思います。正直なところ、後半の2番目のハープ独奏で終わってほしいと思ったほど。
 でも、最後にどんでん返しが。アンコール2曲目はフランス語のオペラから。よく聴く曲なのですがオペラには疎いので曲名がわかりません。(判明したら書きます。)グルベローバ以来の信じがたいようなコロラトゥーラを聴かされ、失神寸前。でも私にはちょっと強烈すぎて疲れました。ああ、今夜は眠れるかしら。
 ねぇ、私は今ザルツブルクにいるのですよね?ずっとドイツ語しゃべっていたよね?まだ離人感が抜けません。

2014年8月20日水曜日

ザルツブルクより

 突然ですが、今ザルツブルクにいます。一昨日の夕方到着し、昨日モーツアルトの「ドン・ジョヴァンニ」を見て、今日はルドルフ・ブッフビンダーのベートーヴェン・チクルスに行ってきました。

 以下は本日の感想です。

 ザルツブルク、実質的に2日目。ルドルフ・ブッフビンダーのベートーヴェンチクルスの6回目にドイツ人のおばちゃんと行ってきました。場所はモーツアルテウムの大ホール。といっても比較的小さな、とびっきり美しいホールです。

 演奏されたのは、有名な「悲愴」、「ワルトシュタイン」のほか小さなソナチネ、ト長調(Op. 49-2)、ソナタ11番変ロ長調Op. 22、「カッコウ」というニックネームのあるソナタ25番、ト長調(Op. 79)、それに二曲のアンコール。

 結論を先に書いてしまいます。「なぜ、ブッフビンダーはあれほど恐ろしく速いスピードで、しかも割れ鐘のようなフォルテでピアノを叩きまくったのでしょうか?一階の前から13列目にいた私はあまりにも音が大きすぎ、かつ乱暴なところがあって頭痛を起こしてしまいました。
 ブッフビンダーは30年以上前から知っていますが、昔は室内楽の上手ないいピアニストでした。今はというと、「巨匠ばり」のピアニスト。でも、本当の巨匠なら「余裕」を持ってピアノをかき鳴らすことができるはず。でも、そうじゃない。
 私は本日演奏された曲のうち変ロ長調のソナタ以外はアンコールも含めて全曲自分で弾いています。だから、ひとつひとつのフレーズ、和音の進行を知っています。知っているから不幸だったのかもしれませんが、とにもかくにも大音響で叩きまくり、異常に速いスピードで弾くのでパッセージがきれいに聴こえなかったりして何とも残念な結果になりました。祝祭大劇場で「ハンマークラヴィア・ソナタ」を弾くならまだしも、小さなモーツアルテウムのホールで、これは無茶。 
 もちろん素敵なところもあって、ソナチネやアンコールの2曲目をかるーく、ピアニッシモで終わらせたのは、いかにも「今日はこれでおしまい!」というユーモアを感じさせました。「カッコウ」ソナタは比較的穏やかに気持ちよく弾けていました。でも、ドイツの森の昼間の風景のようなこの曲、第2楽章は、ソフトペダルを踏みっぱなして弾いてほしかったなぁ。

 帰ってすぐ服用した頭痛薬が効いて来たのでそろそろ眠ることにします。今日だけは演奏がうるさくて頭がガンガンしました。
 ブッフビンダーさんのファンの方々、冷たい感想でごめんなさい。

2014年6月6日金曜日

関西のクラシック音楽の中心地は?

気がつけば2カ月近くも日記を更新していませんでした。 

ご無沙汰しております。当地は梅雨入りしてうっとうしいどころか恐怖を感じるような大雨やら暴風に見舞われております。みなさんのところは如何ですか? 

このところやたらTwitterに投稿していて、ブログがお留守になっていました。 

今日帰宅すると京都コンサートホールから演奏会の案内が来ていました。つい最近会員になったばかりなので年間のスケジュールを全然知りませんでした。 

予定されている公演を見てびっくり。こんなに面白いプログラムが並んでいるなんて! 

京都コンサートホールに行くのはもう何年も前にパリ交響楽団をクリストフ・エッシェンバッハが率いてやって来た時以来です。 

9月はピエール・ローラン・エマールのピアノによるバッハの平均律曲集第一巻、10月はモントリオール交響楽団(ケント・ナガノ指揮)、11月はローマ・サンタチェチリア国立管弦楽団(アントニオ・パッパーノ指揮)、バイエルン放送交響楽団(マリス・ヤンソンス指揮)の公演で行く予定です。 

エマールも5年ぐらい前に大阪に来て以来全く大阪公演なし、バイエルン放送響も前回、今回ともに大阪はす通り。最近大阪からクラシック音楽が少なからず後退したような気がします。 

ところで、大阪のクラシック音楽の近況ですが、ザ・シンフォニーホールは朝日放送が手放して以来、ほとんどめぼしい公演がありません。10月にマリインスキ歌劇場管弦楽団(ゲルギーエフ指揮)があるぐらいかな。 

一方新フェスティヴァルホールといえば、旧フェスティヴァルホールに比べてクラシック公演は少なくなっています。 

結局、私の場合、聴きたい公演は西宮、神戸、そしてついに京都まで行って聴くというスタイルになりつつあります。 

両膝と左足首をいためているので京都まで行って帰るのはけっこう大変なのですが、でも仕方ないです。 

この秋は去年ほどではないにしてもまた数々のオーケストラの来日があり、10-11月頃はパニックになりそうです。 

芸術の秋が楽しみです。でも、もうちょっと大阪公演があっても良いような気がしますが。 

2014年4月24日木曜日

あまりにも美しい・・・白日夢か?

自分がいる世界は夢うつろか?そう疑ってしまいたくなるような音楽会に行って来ました。

行ったのはモイツァ・エルトマン(Mojca Erdmann, ソプラノ)、グザヴィエ・ドゥ・メストル(Xavier de Maistre, ハープ)のリサイタルです。

(なお、ハープ奏者の姓は日本では「メストレ」とされていますが、私は「メストル」と呼びます。フランス人の先生におききしましたが、やはり「メストル」のようでした。

曲目は、ピアノパートをハープが担当して、シューマン(「献呈、「蓮の花」、「レクィエム」他)、モーツアルト(「すみれ」、「春の想い」他)の後、ハープの独奏でモーツアルトのピアノ・ソナタ(ハ長調、KV545)、さらに歌が再び加わってメンデルスゾーン(「歌の翼にのせて」、「ズライカ」他)歌曲と前半だけでも大変な盛りだくさん。

後半はR. シュトラウスの歌曲(「ときめく心」、「サフラン」、「子守歌」等7曲)の後、ハープ独奏によるフォーレの即興曲変二長調、Op. 86が奏でられ、最後にベッリーニとプッチーニの歌劇から一曲ずつ(「ああ幾度か」、「私のいとしいお父様」)が演奏されました。

最初二人が舞台に出てきた時、私はメルヒェンの世界から王子様とお姫様が出てきたのではないかと思ったほどお二方とも美しかった!エルトマンさんの清楚なたたずまい、そしてメストルさんのバレエダンサーではないかと思うほどのひきしまった体とノーブルな雰囲気に一瞬息をのみました。ああ、何と美しいことよ!

シューマンの「献呈」で始まった歌曲、2000人入る西宮芸術文化センターの大ホールが広すぎるためか、エルトマンがちょっと力み過ぎた感じがありました。そんなにボリュームをあげなくてもちゃんと3階、4階にまで聞こえるよくとおる声なのに。

モーツアルトの歌曲で彼女の澄んだ細い声を堪能できました。

しかし、しかし!

今日のコンサートの主役は(ご本人には本当に申し訳ないのですが、ごめんなさい!)ソプラノ歌手ではなく、竪琴弾きでありました。

メストルのハープは鋼のように強靭なフォルティッシモから囁くようなピアニッシモまでダイナミックス、色彩、表現が変幻自在で、もうハープだけで幸せな気分になれました。

すでに最初の曲からこの素晴らしさを感じていたのですが、本領が発揮されたのはモーツアルトの小さなピアノソナタハ長調(KV545)でした。

主題の「ドーミソ シードレド、 ラーソド ソファミ」(トリラーを省略)をしっとりと奏でた後の音階が凄かった!これがまるで音がハープから解き放たれてふわっと宙を舞い、そしてすっと消え、そしてまた宙を舞い、消えるような印象を与えました。

ここはピアノなら(大抵初学者が)粒の揃わない音でガクガク弾くところですが、音階であることすら忘れさせるほど軽く、はかなく、快い響きとなりました。

陰影の濃さと微妙さもこれまた特別で、光と影が交代しあい、ところどころに光でも影でもない不思議な薄明かりの世界(Schimmer)が現れたり、もう超常現象寸前!

このモーツアルトの響き(ことに弱音!)は私が誰の演奏よりも愛してやまないクリストフ・エッシェンバッハの弾くモーツアルトのピアノ曲の世界に通じます。

「走る悲しみ」と形容される、悲しい想いに浸ることはないが、喜びに満ちた瞬間ふと薄明かりのような翳りができる、そういった世界でした。

メストルは後半でもフォーレの即興曲を独奏しましたが、その色彩感と超絶技巧にはただ感嘆あるのみ。

さて、エルトマンの歌、メンデルスゾーンあたりから硬さが取れて、後半のR. シュトラウスはハープと戯れるように歌われ、しばし至福の時を過ごすことができました。

ベッリーニの歌劇「カブレーディとモンテッキ」より「ああ幾度か」とプッチーニの歌劇「ジャンニ・スキッキ」より「私のいとおしいお父様」は絶好調の演奏でした。

オーケストラパートを弾く彫の深いハープに伴われて、ようやくエルトマンも思いっきり本領を発揮できたようです。同じフォルティッシモでも最初感じた硬さ、聴き辛さはなく、気持ちいいフォルティッシモでした。

アンコールが2曲。

2曲目をきいて、「何という美しく、敬虔な曲なんだろう。でも何度も聴いたこともあるけれど、何だっけ?」

思い出しました!シューベルトの「連祷」(Litanei)でした。実は私自身2年ぐらい前から声楽のレッスンの課題になったまま放り出していた曲でした。

まさに「祈り」。リサイタルを締めくくるには最高の曲でした。

ほんの二時間足らずでしたが、本当に満ち足りた幸せな時を過ごすことができました。

エルトマンはこれからますます成長するでしょう。メストルはいったいどんな演奏を展開して行くのか楽しみです。

メストルはちょうど私がザルツブルクに滞在する予定である今年の8月20日にソプラノのダムラウと共に登場します。帰宅して即刻チケットを予約したことは言うまでもありません。

ところで、この演奏会、平日の昼間の公演でした。私は木曜日は午前中授業、昼休み以降ほぼ確実に毎週会議やその他のミーティングが入っているため、チケットを取っていませんでした。

一昨日になって今日の午後会議がないことを確認しチケットを予約しました。平日の昼間に音楽会に行く人ってどんな人、なんて思ったのですが、会場の入りはとても良くて、一階はほぼ満席、二階正面もほとんど入っていたようです。私は中二階の左側で聴いていましたがこの部分もすべて席がうまっていました。

東京の公演はさらににぎやかになるでしょうね。時間とお金があったら行きたいですけれど、今回は今日のまさに「白日夢」の世界に満足して眠ることにします。

あまりにも美しすぎて「白日夢」としか思えない演奏会でした。




2014年4月9日水曜日

またまた再開宣言!一回目は「追っかけ」

音楽と言語をめぐる私のブログ、約一年間凍結していました。

主な理由は私がTwitterに夢中になっていたことです。しかしそれ以外にも、まとまった文章を書く時間や体力がなかったことも原因していました。

いよいよ2014年度の授業も始まりますので、授業の話に加え、音楽、言葉(あえて「語学」とは言いません。語学は専門家の間では「外国語の勉強」という意味ではなく、言語そのものを研究する分野の名前だからです。)について雑文を連ねてみたいと思います。

書くことは何百もあるのです!

昨年の8-9月にはザルツブルクとベルリンと(一日だけ)チューリッヒで音楽祭に参加し、今年も3月にベルリンとアムステルダムも滞在し、ドイツ語とオランダ語に関する調査を行う傍らアムステルダム・コンセルトヘボウ(マリス・ヤンソンス指揮)の演奏(ブルックナーばかり)を1週間に4回も聴いて来ました。こういうのを「追っかけ」というのでしょ?しかも、いい歳した女三人(オランダ人二人と私)でヤンソンス氏が演奏会を終えてお帰りなるところを「お見送り」までして、2-3分おしゃべりするというミーハーぶり。あまりにも光栄で何をしゃべったか、また何語でしゃべったか、全く記憶にありません。それほど緊張しました。

でも、ヤンソンス氏はプルトの上の威厳にみちた姿からは想像もつかぬほど穏やかで物腰のやわらかい人だったのでおどろきました。小柄なふつうのおじいさんという感じでした。

でも、うれしかったです。

PS: そういえば、昨年の4月16日に「インターネットラジオで追っかけ」の話を書いていました。今年はネットではなくリアルな世界で追っかけしたのでした。(笑)