2023年11月24日金曜日

時給500円のアルバイト

  学生時代私は授業以外の時間のほとんどを図書館(東京外大は入学当初は「図書室」しかなかった)で過ごした。学部の1, 2年の頃は授業が多くて一日教室を渡り歩いていたが3年生からは空き時間も増え、外に出たとて遊びに行くような場所も気のきいたカフェもなかったので図書館は冷暖房完備の過ごしやすい場所だった。


 加えてラテン語や中世ドイツ語など(当時)まともな辞書がなかったので図書館にある「禁帯出」の大辞典の類をほとんど私物化していた。


 ある時カウンターに本を返しに行ったら窓口の人に声をかけられた。


 「よろしければカウンターの反対側に座ってみませんか?」


 何かとおもったら図書館の窓口の仕事をバイトでやらないかという話だった。窓口は昼休みと休憩時間はこむもののそれ以外の時間は比較的ひまなので本を読みながらバイトできますよという「いい話」だった。ただ、時給が500円 (!) とものすごく安かった。40年以上前のことなので(時給5000円の家庭教師をやっている学生がいるとは知りつつも)悪くないオファーだと思って引き受けた。私はあの図書館の匂いがけっこう好きだったことも一因だった。ちなみに以前にSNSでずいぶん盛り上がった話題で、「本屋に行くとトイレに行きたくなる。それも(大)のほう」というのがあった。理由はいまだにわからないけれど、たぶん「落ち着くから」ではないかと思う。


 そんなわけで図書館が好きだったので安いバイトをやることになった。このバイトは4年生のときに始め、途中1年間の留学をはさみ、大学院の一年時までやっていた。お金稼ぎというより趣味でやっていた。


 いろんな言語専攻の学生さんや先生がやってくるので時々おしゃべりをしてコトバの世界の不思議について考えた。元東外大学長の徳永康元先生のご厚誼にあずかったのも図書館のご縁であった。


 窓口業務だけでなく事務所や書庫での仕事も引き受けた。事務所で面白かったのは IBM の「セレクトリック・タイプライター」 (Selectric Typewriter) という電動タイプライターがあって、ゴルフボールのようなものを取り換えることによって数十か国語を入力でき、これでドイツ語やフランス語だけでなくロシア語など当時のタイプライターにはあまりなかった文字も打つことができたことだった。このタイプライターではけっこう遊ばしていただいた。意味もわからずにロシア語の図書カードを作ったりした。そういえば韓国朝鮮語もあったっけ。(ちなみに東京外大では今はどうか知らないが当時は「朝鮮語」という名称が使われていた。私が2019年まで勤務していた大阪大学でも「朝鮮語」という名称だった。)


 もうひとつ図書館の重要な業務として閉架式の書庫に返却された本を戻しに行く作業があった。移動用のカートに本をぎっしり並べて地下の書庫に行き、1-2時間かけて本を並べなおす。単調な仕事だったが書庫にいるのは私ひとりだけだったので音楽を聴いても良いことになった。


 その時にカセットに収めておいたLPの録音をラジカセでまさに大音響で聴いた。最初はピアノものをよく聴いていたがそのうちにオーケストラ音楽も聴くようになった。


 もともとあまり交響曲に詳しくなかった私にとって例外的だったのはブラームスの作品だった。バイオリン協奏曲二長調と交響曲第4番ホ短調が大のお気に入りだった。バイオリン協奏曲はヘンリク・シェリング独奏、ベルナルト・ハイティンク指揮のコンセルトヘボウ管弦楽団の演奏、交響曲第4番はヘルベルト・ブロムシュテット指揮、シュターツカペレ・ドレスデンの演奏だった。前者は今でも音源が容易に見つかるが、後者はなぜか見当たらない。同じような時期にブルックナーの4番、7番も録音されているのでぜひともブラームスも復刻してほしい。日本で出ていたのはDENONのプレスだった。


 さて、最後に「音楽」に無理やり話をこじつける。


 私が本気で交響曲の生演奏を聴いたのは何と50歳を過ぎてからのことで、2010年8月、ベルリンフィルのシーズンオープニングコンサートの折だった。学業を終えてから28年間ドイツにご無沙汰していた私が一念発起してドイツ(主としてベルリン)に一か月余り滞在した年のことである。この時以来私はオーケストラ音楽の虜になった。


 その話は脱線してしまうので別の折に書くことにして(というかFacebook 友達はみなさんご存知なので)、生のベルリンフィルの音は強烈だった。うまくチケットが取れなくてオーケストラの後ろのしかも2階席(サントリーホールで言うとP席の上のほう)だったので打楽器の音がすさまじくて体が吹っ飛ぶかと思った。


 話を戻そう。今ベルリンフィルが来日中で今週の日曜日まで東京公演が行われている。私は病人でリタイアした身のくせにベルリンフィルのチケットは取った。一枚は自分で、そしてもう一枚は夫の奢りで。(笑)


 上に述べた安いバイト時代に耳がタコになるほど聴いたブラームスの交響曲第4番は今回の演目のひとつである。公演最終日の11月26日に聴く予定なのでもう楽しみで夜も寝られない・・・というわけではないが寝ても覚めても頭の中でブラームスの4番が鳴っている。


 すでにベルリンフィルのデジタルコンサートホール(以下 DCH)でベルリン公演の演奏を聴いたが録音と実演は異なる。数日前聴いた別のプログラム(マックス・レーガーと R. シュトラウスプロ)だってあらたに驚き感動したところが山のようにあった。


 今度の日曜日、どんな演奏を聴かせてくれるのだろうか。何しろブロムシュテット、シュターツカペレ・ドレスデンの演奏が脳裏にしみついている私なので違和感を覚えないだろうか。



 学生時代の安いバイトの話から突拍子もなく飛躍してしまった。でも最後は音楽ネタにしたかった。


 こんな感じで6年ぶり (?) にブログを更新することにした。これから先続くかどうかわからないがぼちぼち思いついたことを書いてみたい。

 

6年ぶりのブログ再開


 2009年に始めたこのブログ、何度か中断し2017年で止まってしまっていましたがゆっくり再開しようかと考えています。

  再びブログを綴る前にかつてブログを更新していた時期から現在に至るまでの私の境遇の変化を語っておかねばなりません。なぜならば居所、職業、日々の活動がすっかり変わってしまったからです。

  そもそもこのブログは授業の教材用(受講者のみに公開)として始めたものでしたが、折にふれ音楽や言語に関する私の関心についても記していました。ブログと並行してFacebookにも日々の思いを綴っていましたが2014年頃からブログから離れ、「友人および友人の友人までに公開」のFacebookに完全に移行してしまいました。ある程度限定されたメンバーからのコメントを有難く拝読していましたが、このブログでコメント可能するかどうは現在未定です。

  2011年から2013年のブログ記事には私の海外音楽紀行からいくつか掲載されています。この海外音楽紀行は2010年に始まり、年一回1か月程度(時に年2回)主としてドイツ(ベルリン)とオーストリア(ザルツブルク)に滞在した際の記録ですが2014年以降はFacebockのみに掲載しました。音楽紀行は2019年春のドイツ研修(2か月)で終了しました。 

  私は健康上の問題や家庭の事情などから2019年9月で大阪大学を早期退職し、2020年2月に東京にもどって来ました。ちょうどコロナ禍の始まる頃でした。2021年以降体調不良が続き、2022年には一か月余り入院し、間質性腎炎と診断されました。その後も不明熱に苦しみ、2023年2月に転院したところ国の指定難病のひとつである「シェーグレン症候群」(膠原病の一種)と診断され目下治療とリハビリに励んでいます。糖尿病持ちでもあるので食事の管理がとても大変です。 

  この春頃から大阪時代28年間ほとんど封印していたピアノ演奏を再開し、体調の良い時に短時間練習しています。

  音楽のこと、言語のこと、食事のことなど時々書いていきたいと思っています。よろしくお願い致します。

2017年5月13日土曜日

グランドピアノ vs アップライトピアノ


 ちょっと面白い発見があったので書きます。
 相変わらずピアノを弾く余裕のない日々を過ごしています。先日ものすごく久しぶりにピアノに向かいました。ショパンのノクターンOp.32-1,2(3月末にグリゴリー・ソコロフがアンコールで弾いて深い感銘を受けた曲。)やらマズルカ(技術的にはやさしいものの、どう弾いていいかわからず,
いつかショパンの専門の先生に習いたいです)、それに「月光の曲」。さすがに第3楽章は難しいのでちょっとなぞるだけにして、最後に第一楽章を通しました。この曲は指の訓練のために第3楽章はちょくちょく練習していたのですが、第一楽章を弾くのは30年ぶりぐらい。今持っているグランドピアノ(YAMAHAの中型で、たいした楽器ではありません)で弾くと、自分でも驚くほど音色が綺麗で、そしてペダル2本の使い分けで微妙な響きを表現できました。え!「月光」の第一楽章って、こんなに奥行きが深くて幻想的だたっけ!あと、うまくブレスを入れることで平板にならず、弾いていて初めて「うまくいった」と感じました。以前はどうもこういう遅い曲は表現が難しくて苦手でした。

 ピアノの蓋を何か月ぶりかであける時、上半身の重心を少し前において両手でEs(変ホ)の音を4オクターブのユニゾンで叩きたくなります。でも、今は「オット~、だめよん!」です。
 「英雄ポロネーズ」は昔は私の名刺代わりの曲だったのですが、何十年もきちんと練習していないので肩も腕も手も弱っています。あと、腰をいためているのでこの曲は私には負担が重すぎて途中で左手の二の腕がつったり、肩が痛くなるのです。もっと腕と足腰を鍛えて、体に力をつけてから再度チャレンジします。

 あと、ソコロフがアンコールで弾いたショパンのノクターンは、私が1970年ころに買った全音の楽譜の解説には「作品32の2曲は比較独創性に乏しく、あまり演奏されていない」と書いてありますが、それは45年前の話でしょうね。独創性が乏しいだなんてとんでもない。ショパンならではの個性(ただし、比較的単純)を感じさせる名曲です。私は昔からこの2曲がとても好きでした。Op.32-2はバレエ音楽「レ・シルフィード」でも使われた曲だと記憶しています。Op.32-1に関してあえて難を言えば、左手の伴奏に右手が乗るという単純な構造で両手が単音で大きな盛り上がりを作るとき、どうしてもテンポをいじらないと表現できないことです。内声部に何かほしかったところです。

 ピアノで嬉しいことは、何歳になってもそれなりに弾ける曲があることです。70歳になってもたぶん「月光の曲」の第1,第2楽章は弾けるでしょう。でも第3楽章は無理かも。やさしくて美しい曲をさがすこと、また筋力をつけることが目下の私の課題です。

 でも、アップライトとグランドでこれほど「月光の曲」が違って聞こえるのですから、スタインウェイやベーゼンドルファーなどで弾くとどんな素晴らしい音の絵巻を紡ぎ出すことができることでしょう!

「アルトゥール・ルビンシュタイン・国際ピアノコンクール」


 先ごろ行われた上記のコンクールの映像を見ていました。入賞者の発表が、もう長いしいろんな人が話をするし、しかもほとんどヘブライ語で、英語はほんのちょっとなので見ていてじれましたが、やっと優勝者がわかりました。


 聴衆賞とか室内楽賞とかいくつかの賞を授与されたシモン・ネーリングが優勝しました。
 おめでとう、シモン君!

 一昨年のショパンコンクールで本選まで行って選外になってしまったけれど、顔はまだ幼いところが残っているものの、手が大きくて割と余裕のある演奏をするシモン・ネーリングは見込みあり、と期待していました。

 ショパンコンクールでは、本選で(へたくそな)指揮者と妙にうまく協調できて、地元の強みだと陰口を言われたシモン君ですが、私はポロネーズはとても素晴らしいと思いました。選外になってしまったのが本当に残念でした。

 あれ以来1年半以上すぎ、幼い感じがちょっと大人になった印象を得ました。ああ、よかった、私が「この人!」と思った人がテル・アヴィヴの地で優勝できてうれしい!
いつかネーリング君をライブで聴きたいです。


https://www.youtube.com/watch?v=sND3Sa9WKRI

2017年5月10日水曜日

訳文を配ってほしいという要望


 私のドイツ語の授業では出席をGoogle Formを使ってとっている。学籍番号、学年などのほかに、「今日のキーワード」という欄を作り、その場で私が口頭で言う単語を書き取らせているが、2年生では単語ではなく、一行作文をさせている。たとえば、「連休に何をしましたか?」(これが今日の課題)。辞書、教科書、参考書など何を使ってもよい。

 まず一年生に書き取らせる単語は授業の復習あるいは予習をしていないと書けない単語なので、ここでもたもたする学生は予習・復習ができていないことがわかる。出席フォームにはタイムスタンプがつくので、誰が早く、あるいは遅く提出したかわかる。

 2年生の場合は一年生で学習した文法力が身についていないと即答できない。
実はこの出席フォームを見ただけでだいたいその学生の学力がわかってしまう。去年一年間の経験では、成績と出席フォームを提出するタイミング、そして作文の正確さとがきれいに一致した。(だから本当はあまり試験など必要ない。)


 この出席フォームには、意見や質問を書き込む欄を作ってある。2年生ではどのクラスにも全く同じ「要望」を書く学生が一人か二人いる。

 その要望とは、

 「本文の和訳をプリントして配布してほしい。」

というもの。

 私はたいていの要望には応えるようにしている。練習問題の解答集を作成したり、発音の難しい単語を録音して授業用サイトに掲載したり、たいていのことには対応する。しかし、和訳を配布せよ、という要望には断固応じない。

 なぜか?

 これはクラス全員に必ず説明することにしている。

理由はこうだ。

 「独文和訳に限らず、翻訳は<解釈>です。ドイツ語で書かれた内容をできるだけ忠実に日本語に書き換えるように努力しているけれども、違った表現もあれば訳し方もカチカチの逐語訳からなめらかな意訳もあり、意訳では逐語訳をみてドイツ語と日本語がどう対応しているかわかりにくい。私は訳すならできるだけ読みやすく、日本語らしい訳を作成する。その訳を見て、諸君は元のどの語がどう日本語に訳されているか、あるいは言い換えられているかわかるだろうか?また、文法的に文の構造がはっきりわかるだろうか?おそらく諸君はその辺を確認しないまま渡された和訳を丸暗記して試験に臨み、運よく暗記していたところが出れば一気に頭の中にためておいた訳文を書き出すだろう。そして試験が終わるときれいに忘れる。それでは一学期間授業内、授業外の学習で時間をかけて勉強したことが無駄になるではないか。ドイツ語は単位をとれただけでよいというものではない。たとえかすかでもドイツ語の印象(簡単な挨拶や文法の型、たとえば平叙文では動詞は文の要素として必ず2番目に置くとか、独立文でない副文で動詞は文末に来るとか、助動詞があれば本動詞は文末に置くとか、だいたいの構造、それに加えてドイツ語圏の国々に関する紹介や雑談)が頭に残らないと1年半から2年間ドイツ語に費やした時間は無駄である。少しで印象が残っていれば再び学習するのが大変容易になる。

 ドイツ語から日本語へのカチカチの直訳および、ドイツ語のどの語をどう訳すかについては授業で丁寧に説明している。質問があれば常に答えている。
 しかも授業はすべてビデオで撮影され、音声もきっちり入っている。わからないところはビデオで確認すればよい。あるいはメールでまたは直接私に質問してもよい。

 それでも訳文の配布を求めるならば、私は初めから訳文を配っておいて、授業中は質問を受け付けるのみにするだろう。あるいは使われている文法事項のみを説明する。どうせ訳を配るのだから。しかし、そんなものが教育と言えるだろうか?

 授業で書き写した訳文やノート(ノートを取らなくても、授業中に板書=iPad上のアプリのメモに書いたことやあらかじめ作成しておいた資料は全員に電子的に配布してスマホやコンピュータで見られるようにしてある。)を参照してわからなければどうぞ質問してください。」

 この私の言い分は屁理屈だろうか?本文書はFacebookで「全体に公開」のみならず、長らく更新していなかったブログにも掲載するつもりだ。

 異論あらば、学生さんのみならず、どなたでも私に言っていただきたいと思います。(あ、決して喧嘩腰ではありません。ご意見を賜りたいだけです。偉そうに書いてすみません。)

宛先は malte@lang.osaka-u.ac.jp です。

PS: 以前に勤務していた大学で他の先生から伺った話です。

「空爆でその町は一夜にして瓦礫の山となった。」

これをクラスの大半が試験で、

「空爆でその町は一夜にして枯れ木の山となった。」


と書いたそうです。誰かの訳をコピーしてまわした結果ですね。どうして空爆で町が「枯れ木の山」になるなどというあり得ない話を平気で答案に書いたのでしょう?

ブログ再開

何年間かブログを更新していませんでした。その間、ドイツ語教育の話、音楽の話(これが大半)、外国語にまつわる話をFacebookに書いていました。

 久しぶりにブログに戻ってきました。
時々更新しますので、どうぞまたご贔屓のほど、お願いいたします。

2014年10月24日金曜日

ユリアンナ・アヴデーエワのプロコフィエフと井上道義指揮大フィル

 今日はフェスティバルホールまで井上道義指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に行って来ました。前半はショスタコーヴィチ、ロシアとキルギスの主題による序曲、作品115およびユリアンナ・アヴデーエワのピアノ独奏を加えて、プロコフィエフ、ピアノ協奏曲、第3番、ハ長調、作品26、そして後半はチャイコフスキー、交響曲第4番、ヘ短調、作品36というプログラムでした。

 井上道義さんは今年4月に喉頭がんの診断を受け、長らく治療を受けておられました。その地獄のような闘病生活を何度かネットで読み、心底はやく元気になっていただきたいと祈りました。

 その井上さん、舞台に登場するなり両手を大きく開いてとても嬉しそうになさいました。一曲目は知らない曲でしたが、井上さんは途中から踊りだしました。そんなに踊ると指揮台から落ちるよ、と言いたかったぐらいでした。

 次に、ショパンコンクールで女性ではマルタ・アルヘリッチ以来45年ぶりに優勝を勝ち得たロシアのユリアンナ・アヴデーエワがピアノを独奏しました。

 プロコフィエフといえば、私には鋼鉄のイメージがあり、ピアノ協奏曲も鋭いタッチと大音量でもってガンガン突き進むというイメージがありました。最近ケント・ナガノ指揮のモントリオール交響楽団、そしてベレゾフスキーのピアノでプロコフィエフの第2番を聴いたばかりです。ベレゾフスキーはとにかく大音量と鋭い打鍵でもって押しに押しまくり、その超絶技巧でもって聞き手を圧倒しました。オケは完全に背景に退いていた感じでした。「協奏」のイメージはほとんどありませんでした。

 それに対し、アブデーエワのプロコフィエフは、品格があり、音も巨大ではないけれどしっかりした打鍵で安定した演奏を披露してくれました。中でも、彼女のピアノはオーケストラと対話を交わし、非常に親密な部分もあれば、オケと競い合う部分もあって、「協奏曲」として聴きごたえがありました。

 プロコフィエフでもアグレッシブに弾くばかりではなく、詩情を感じさせる珍しい演奏でした。フィナーレの追い込みは迫力十分で、聴き終えて「ブラヴォー!」と叫びたくなりました。

 しかしこんな日に限って関西名物(?)「ブラヴォーマン」がおらず、客席の反応は熱狂とまでは行かず、私としては残念でした。

 アヴデーエワは、服装も演奏スタイルも地味で、上半身裸同然の衣装で出てくるのではなく、きっちりした黒のパンツスーツ姿(でも上着の後ろがちょっと燕尾服に似ていてマニッシュな魅力あり!)、演奏時も意味ありげに体をくねくねさせることもなく、上半身はほとんど前後左右に揺れることなく、無駄な力が入っていませんでした。

 この人が経歴の割に日本でもうひとつ人気が出ない(東京で半額チケットがすでに出ているという話を聞きました。)のは、地味なルックスとその演奏スタイルにもあると思います。

 演奏スタイルは、とにかく音が美しく、モーツアルトを弾いてもひとつひとつの音がよく分離し、かつしっかり響き、プロコフィエフでも音が確実に鳴っていて、明晰きわまりないのですが、やたら強打したり、異常なスピードを出すことなく、作品と対話を交わすように丁寧に弾くスタイルでした。

 一昨年の3月に彼女が来日した折、演奏会に行く予定だったのですが、論文の締め切りと演奏会が重なり行けませんでした。後日その演奏会の録音をNHKの「ベストオブクラシック」で聴き、演奏会を逃したことをひどく後悔しました。その時に気づいたのは、不思議なほどよく響く音と全く大袈裟ではないけれど迫力にも欠けず、非常に詩情に富んだ深いニュアンスをたたえた演奏であったことです。ラヴェルの「ソナチネ」で、こんなエレガントで優しい演奏ははじめてだと感心したことを覚えています。

 今日は楽屋に下がろうとしたところ、井上さんに押し戻されて(笑)、アンコールを一曲。ショパンのマズルカ、二長調、Op.33-2を快活に、そしてエレガントにそして最後は華麗に弾いてくれました。

 この演奏会、前半だけでも十分に満足できました。しかし、後半にはさらに凄いものが待っていたのです。

 チャイコフスキーの交響曲第4番、これは井上さんの入魂の一曲でした。終演後井上さんはマイクをとり、少しおしゃべりをしました。その時に、「よく練習した!」と繰り返しておられました。その練習ぶりがよくわかるオケが一丸となった内容の濃い演奏でした。

 これを聴いて、井上道義さんは本当にがん治療という地獄から完全に生還したのだと感じることが出来ました。

 どうか井上さん、元気でご活躍ください。

 そしてアヴデーエワさんには、残る日本公演(地方公演が多くて移動が大変そうです。)において彼女の実力にふさわしい評価を得られることを祈っています。




 

2014年10月11日土曜日

ゲルギーエフを聴く

 今日は風邪をひいてフラフラしながらヴァレリー・ゲルギーエフ指揮、マリインスキー歌劇場管弦楽団の大阪公演(ザ・シンフォニーホール)に行って来ました。

 まずプログラムを見て、その日本公演の強行軍ぶりに仰天。

 10月8日千葉に始まり、9日熊本、10日福岡、11日大阪、12日石川、13日(休み)、14日、15日(東京)、16日名古屋、17日東京、18日所沢というほとんど連日移動の演奏旅行。移動だけでも疲れるのに、さらに演目がロシア、ドイツ、チェコの大作がずらり。14日は「サロメ」(コンサート形式)が入ってオペラまでもあり。

 ゲルギーエフは前回の来日時にも聴きましたが、今年3月にアムステルダムでロッテルダム・フィルを振るのも聴きました。アムステルダムでは、そこまで力を入れるかと思うほどの力演。ベルリオーズの「幻想交響曲」に至っては舞台から化け物が出て来たり、私ら聴衆までが幻覚を感じてしまうのではないかと言う怪しさがありました。

 私はコンセルトヘボウの一番前の席でゲルギーさんの真下で聴いていたのですが、彼のフワー、シュー、ガー、ゴー、ギリギリ~、などという呼吸が聞こえすぎて震え上がったほどでした。

 その演奏会に比べて今日のマリインスキー歌劇場管弦楽団との演奏は、金管が過度に叫びちらさず、ややおとなしかったものの、全体としてはやはり尋常ならざるものがありました。

 前半はストラヴィンスキーの「火の鳥」(1919年版)。

直前になって招へい元から連絡があり、1919年版を演奏すると周知されました。私はバカなことに全曲版に変更されたのかとぬか喜びをしてしまいましたが、全曲だと演奏者も聴衆も後半のマーラーの交響曲5番で消耗してしまうだろうと納得しました。

 大雑把な印象としては、最近ベルリンフィル、コンセルトヘボウを何度か聴いた耳にはやや緻密さが足りないように感じられましたが、表現しようという意欲がただものではなく、ゲルギーエフもオーケストラの団員最大限に力を出したと思います。

 前半はスーハー、ギリギリ、ギャ~をほとんどやっていなかったゲルギーエフ、後半のマーラー5番で鼻息とうめき声が全開。爪楊枝片手に(笑)左手の指のひらひらも連発。見ているだけでも面白い演奏でした。第4楽章に至っては「ギギギーーーー」とゲルギーさんがやれば、コンサートマスターも椅子から腰を浮かして、「フワーーーッ」とやっていました。

 私は2列目の中央に座っていたため、弦楽器の音はダイレクトに聞こえたのに対し、金管楽器の音が頭の上をすっ飛ばして行ったような印象があり、もっと後ろの席で聴いたらどんな響きがしていたか想像できません。

 マーラーの5番の「アダージェット」は入魂の演奏で、ことに低弦の響きが異様なまで強く、深く、私は体ごともって行かれるのではないかと感じたほどです。

 管楽器では、木管は割と地味ながら良い響き、金管は予想よりもおとなしく、がなりたてなかったのが良かったと思います。マーラーの出だしも良い具合でした。ここで変な音を出されるとがっくり来ますから。ただ、金管は私の席ではよく聞こえなかった可能性があります。

 70分にわたる長いマーラーの5番、あっという間に終わってしまったという気がします。ディテールの不揃いこそあれ、ぐっと聞き手の集中力を高めてくれる演奏でした。

 なお、団員はアンコール曲の譜面を用意していたようですが、結果的にはアンコールなし。ゲルギーさん、4日連続の公演でお疲れだったのでしょうか。

 最後に老婆心ながら、この強行軍でゲルギーさんや団員さんが体調を崩されないことをお祈りいたします。そもそもゲルギーさん、働きすぎ。ヤンソンスのように突然心臓病で倒れないためにも、もう少し緩いツアーを企画してほしいと思います。

首都圏の公演、楽しみですね。きっといくつかの公演が放送されるだろうと期待しています。

2014年9月28日日曜日

ピエール・ローラン・エマール(Pierre-Laurent Aimard)のバッハ・平均律第一巻

 ヨーロッパから帰国して一週間あまり、ようやく時差ボケから回復し始めた今日、京都コンサートホールまでフランスのピアニスト、ピエール・ローラン・エマール(Pierre-Laurent Aimard)のバッハ・平均律クラヴィア曲集第一巻全曲演奏会に行って来ました。

 実はエマールの演奏会は今月4日にも、全く同じプログラムによるベルリン公演(場所はフィルハーモニーのカンマームジークザールKammermusiksaal, フィルハーモニーの小ホールです。)も聴きました。それどころか8日にはジョナサン・ノット(Jonathan Nott)指揮,バンベルク交響楽団の演奏会でも、彼がピアノパートを担当したヘルムート・ラッヘンマン(Helmut Lachenmann, 1935- )の"Ausklang" Music for piano with orchestra [1984/85](訳語はもうちょっと考えさせてください。単なる「終末」、「音楽の終わり」という意味ではないと思うので。)も聴きました。

 さて、先のベルリンでの公演でしたが、周囲の人々の反応をみた限り、評価は分かれたようです。休憩時間に同じテーブルでコーヒーを飲んでいた時、隣のおばあちゃんに「では、音楽とともに良い夕べをお過ごしください。」とあいさつしたら、「この音楽、全然気に入らないわ。聴いていられない」という反応があり、びっくり。

 たまたま隣に座ったドイツ人の女性実業家は、「ゴリ押しがひどくて最後は崩壊していた」などと言う始末。
たしかに演奏中に席を立つ人もけっこういて、ホールはちょっと落ち着かない感じがしました。

  エマールは割と神経質なところがあるので、多分そういう雰囲気を感じたのか、ベルリンでの演奏会は後半でやや集中力をそがれたようで、最後のロ短調のフーガを弾き終えた時にもうひとつ高揚を感じませんでした。

 しかし、今日はどうだったでしょうか?

 今日は冒頭のハ長調のプレリュード(グノーがこの上に「アヴェ・マリア」のメロディーを書いたことで有名な曲。)はひとつひとつの音を確かめるかのようにゆっくり、また残す音はしっかり残し、驚くほど丁寧に弾かれました。ベルリンではここで音抜け(鍵盤を押さえたが鳴らない音)があったのですが、それもなし。そんなにゆっくり弾くと「アヴェ・マリア」は歌えないね、と言いたくなるほどゆっくり、丁寧でした。フーガも慎重に。第2番(ハ短調)はプレリュードでは両手が16分音符を連続的に弾くのですが、これまた整然としていました。

 すでにこの時点で気づいていたのが、エマールの「独特の音」です。2番のプレリュードの音は16武音符がやたらゴツゴツ・ゴツゴツ鳴るのです。これは人によっては耳障りだったかもしれません。彼の音のコントロールは実にすばらしいのですが、今回はこのゴツゴツした音が繰り返し聞かれました。

 私の座席は前半前から4列目、後半最前列だったのですが、よく見るとエマールはほとんどペダルを使っていません。いえ、一応踏むのですが、ごくごく浅く、半分も踏まずにあげていました。ですから、サステインペダルを使った音の増強も、引き伸ばしもありません。しかも、大変強靭なタッチなので人によっては音が美しくないと感じられたかもしれません。

 7番(変ホ長調)のプレリュードのように美しく流れる曲もやはりペダルを深く踏むことなく、強く、硬めの音で弾かれました。ここは少しペダルを入れると溢れるような美しさのあるところなので、本来ならペダルが欲しかったのですが、聴き終えてみれば、やはり彼のコロコロした音でも表情をコントロールすることによってとても麗しい、明るい曲となっていました。

 以下、一曲ずつ感想を書くと夜が明けるので、簡単にすませると、彼は自分の「音」に非常にこだわり、かつ自信を持っている。そして音楽には一切曖昧なところを残さず、構造をわかりすぎるほどはっきりさせる。そして音をペダルで濁すこともせず、強靭かつ繊細なタッチでプレリュードもフーガも構築して行く、そういうタイプの演奏でした。

 そして、彼は一曲一曲と真剣に取り組み、彼なりのフィロソフィーをそれぞれの曲において展開してみせました。フィロソフィーとは大げさですが、彼にはバッハのこの24曲のプレリュードとフーガに対する非常に考え抜いた結果を示していたと思われます。

 どの曲も「練習曲」ではなく、生きた個性のある曲として描かれていて、思わずほろりとしたり、感動がぐぐっと迫って来たりしました。6番(二長調)のフーガの絢爛豪華、15番(ト長調)の溌剌感、17番(変イ長調)の浮き立つような喜び、22番(変ロ短調)の荘重さとそのフーガの厳格かつ明快さ、ロ短調のフーガのちょっと変わったアーティキュレーション(これには何か理由があるに違いない。)と音で溢れかえりそうできっちり纏められた最後のフーガ、思い出せばきりがありません。

 エマールはカーターやラッヘンマンなどの現代作曲家の演奏を得意としています。このバッハの演奏(特徴ある打鍵、音色、アーティキュレーション、ほとんどペダルを使わない奏法など)を聴いてわかったのは、彼が古い音楽をひたすら学ぶことによってこのバッハ像を描いたのではなく、徹底して現代の作品と取り組み、ピアノの可能性を追求し、さらに原典に忠実にあたることによってバッハの時代の研究をも成して今の演奏にたどり着いたのであろうということです。事実、ベルリンで聴いたラッヘンマンのピアノとオーケストラとの曲も、前衛的ではあるものの、ある種手慣れた風情で「楽しみつつ」弾いていました。ピアノの鍵盤を叩くだけでなく、ピアノ線をトンカチのようなもので叩いたり、はじいたりして弾いていました。いろんな実験をしているうちに彼はバッハ演奏における現在の立ち位置にたどり着いたのでしょう。

 聴衆も、数こそ多くはありませんでしたが、エマールのひとつひとつの演奏によく聴き入り、演奏者と聞き手の間によい親和関係が醸し出されていたと思います。ベルリンの聴衆はここまであたたかくないし、平気で席を立ちますが、京都の聴衆はフレンドリーだと感じました。いや、それを感じたのは私ではなく、エマールさんご自身でしょう。

 残念なことと言えば、最後の24番の始まる前に右後方で一人拍手をした人がいて、緊張の糸が切れそうになりましたが、だいじょうぶでした。

 同じ演奏家が同じ曲を弾くのを別の場所で二度聴くという珍しい体験をしましたが、私の評価では今日のほうがベルリン公演より良かったです。


2014年9月15日月曜日

音楽会めぐりもそろそろ潮時か。

 ジョン・エリオット・ガーディナーの指揮、ロンドンシンフォニーオーケストラ(LSO)の演奏でシューマンのホルン協奏曲とメンデルスゾーンの序曲一つと交響曲「宗教改革」を聴く。現代音楽が多くて必ずしも客の入りのよくないベルリン音楽祭、今夜はガーディナーの登場でぜんぶロマン派。客の入りも上々。

 絶対楽しめると確信していたのだが、実は・・・
 たぶんこういう演奏を歴史的研究に基づいた「ピリオド奏法」の演奏というのだろう。(このピリオド奏法だけは、みんな語っているのに私には何を読んでもさっぱりわからない。誰か本当のことを教えて下さい。)。

 バイオリン弾きでもある私には弦楽器には程度の差こそあれビブラート奏法は必要だと思っている。教会音楽でビブラートかけまくりなんていうのは場違いな気がするけれども、シューマンやメンデルスゾーンでは是非共欲しい。

 今日の「宗教改革」では高い音域ではもっと艶やかで美しい音が欲しかった。弦楽器は、のっぺりした、あまり潤いのない音に終始し、その結果華やかで荘厳な金管楽器に押されて聞こえてこない。「宗教改革」のおしまいのほうの管楽器によるコラールは圧倒的にすばらしかった。しかし弦が頑張るところが何かものたりない。

 ホール中央の一番よく音の集まる席できいたが、弦楽器だけ舞台上で鳴り、ホールに響き渡らない。管楽器の音は十分にホールの上からも前からも四面の壁からも降って来た。

 そういえば昨日のエートヴェーシュ指揮のベルリンフィルも弦の音がひどく小さくて「これがあのベルリンフィル?」と不思議に思った。

 今、新しい演奏流儀で弦楽器に変化が起きているのだろうか?もし、これが主流になるなら、私はたぶんオーケストラの演奏会に行かなくなるだろう。

 今回の長旅も間もなく終わる。16日に行われるトゥーガン・ソキエフ(ソヒエフ)指揮、ベルリン・ドイツ・シンフォニーオーケストラの公演(現代ものひとつと、あとはシューマンとチャイコフスキー)が今回滞在の最後の演奏会である。



 失望しないことを祈る。

2014年9月14日日曜日

残念だったベルリンフィルの公演

 ペーター・エトヴェーシュ(と読むのかどうか不明)指揮、ベルリンフィルの演奏会、今回のベルリン滞在でで聴く唯一のベルリンフィルの演奏会なのに、とても失望した。

 前半はリームの"IN-SCHRIFT"2とエトヴェーシュ自身の作品、バイオリン協奏曲第2番。独奏はパトリシア・コパチンスカヤ。まあ、現代曲は理解できないにしても、演奏さえ面白ければ聴いていられる。リームは重い作品が多くてあまり好きではないが、ザルツブルクで聴いた"Lichtes Spiel"は気に入った。またコパチンスカヤはお色気むんむんのタイプではなく、白い清楚なドレスを着て跳んだりはねたりの楽しくて軽やかな演奏をするタイプだった。彼女には大変良い印象を持った。

 ところで今日の公演で一番不満を覚えたのは後半のブラームス作曲、シェーンベルク編曲のピアノ四重奏第一番ト短調である。私自身この曲のピアノパートを手がけたことがあるので、作品はかなりわかっている。オーケストラ編曲版も非常に優れた作品だと思っている。オーケストラ版は原曲とは異なる曲だと私は考えている。

 問題は、メンバー。私のお気に入りのメンバーたちが出て来ない。チェロのクヴァントおじさん、クラリネットのフクス、ホルンのドール、そして前半はティンパニなしだったのでライナー・ゼーガースも出なかった。何よりも残念だったのは、スタブラーヴァ、樫本の両コンマスの姿がなかったこと。新しく任用されたと思われるアメリカ人コンマスだけがでてきた。この人のソロは大変美しく、満足できるものだった。

 よく考えてみるとベルリンフィルは18日から連続でシューマンとブラームスの全交響曲のシリーズを演奏する。メインメンバーはそちらにとっておいて、今日はいわば二軍といえば失礼、1.5軍ぐらいのメンバーで演奏したのではないか。

 一応定年退職したはずのフルートのブラウがでて、見事な技を披露したことと、オーボエのジョナサン・ケリーがいたことは幸いだった。

 しかし、それ意外のメンバーは第一線の、ラトルの手兵たちではなかったように思う。

 とにかくアインザッツが悪いし、アンサンブルも乱れる。あと、決定的に音が良くなかった。ザルツブルクで聴いたベルリンフィルはこんな音ではなかった。第一楽章も最初テンポが定まらず、落ち着かなかった。全般にテンポが少し速すぎるように感じた。いや、実は速くないのにそう感じさせる演奏だったのかもしれない。

 第4楽章は指揮者がハンガリーの出身だけに激しい演奏を聴けると期待したがこれもかなりハズレ。

 いずれディジタル・コンサートホールに今日の演奏が登録されるから、それを聴いてからまた詳しいことを書きたい。

 さらにがっかりだったのは聴衆がいつものレベルではなかったこと。チケットの半額セールを行ったりしてとにかく客席を埋めようとしたものだから、おのずと聴衆のレベルは下がったと思われる。第1楽章の後で拍手が起きたのはとても奇妙だった。チャイコフスキーの「悲愴」の第3楽章の後に起きるのはままあることだが、ブラームスのここで拍手とは、よほど曲を知らない人がいたのであろう。

 あまり失望した話ばかり書きたくないので、これで終わりにしますが、ベルリンで聴いたベルリンフィルがこれだったのでとても心残りです。18日以降のシューマン・ブラームスシリーズが始まる時に帰国せねばならず、本当に残念です。

2014年9月9日火曜日

百鬼夜行も楽しい

 今夜はジョナサン・ノット指揮、バンベルク交響楽団の演奏会に行きました。前半(うすうす予想していたのだけど、)クリスティーネ・シェーファーがキャンセルして、「4つの最後の歌」をゲニア・キューマイヤーが歌いました。その前にオルガン独奏。後半はラッヘンマンの作品。

 ラッヘンマンは昨日室内楽を聴いたばかりで、どれほどとんでもないか予想していたので、楽しめました。オケとピアノ(2台)による百鬼夜行、または音楽的騙しっこ。その話はまた別に書きます。P.L.エマールがピアノパートを弾きました。またしても途中で客が帰ってしまうという風景もありました。私は「百鬼夜行、もっとやれ!」という感じで楽しめましたが。

 ラッヘンマンの作品は楽器を本来の弾き方と異なる方法で演奏する大会みたいでした。あといつまでも耳に残るハーモニックスの音。ピアノの弦を金槌みたいなもので叩いたり、弦を直接てではじいたり、別に最新の技ではないけれど、面白かったです。

 前半のキューマイヤーの歌は何とか合格点。以前にも聴いたことのあるソプラノですが、なぜか声が前にすーっと出なくてやや非力な気がしました。以前パミーナを歌うのを聴きました。「眠りにつこうとして」の長いメリスマのところは物足りなかったです。それより、バイオリンのソロが大変美しくてうっとりしました。

 バンベルク響の演奏、短くてもいいからもう一曲伝統的なオーケストラ用の曲が欲しかったです。

2014年9月4日木曜日

「ピアニストは孤独だ」

 バイエルン放送のラジオ、BR-Klassikで、ザルツブルク音楽祭中に行われたクリストフ・エッシェンバッハのインタビュー(演奏つき)を今聴くことができます。(この日記の最後にリンクを貼っておきます。)

 彼が戦争孤児になった時数年感ショックで言葉が話せなくなった話とか、指揮者になりたいからバイオリンを勉強した、ピアノは音楽家としての出発点であったことなどを語っているのですが、その辺の話は彼のファンならすでにご存知でしょう。

 私がこのインタビューで一番強烈な印象を受けたのはなぜ彼がソロのピアニストとして舞台に立たなくなったかという理由です。

 「ピアニストは孤独だ」− ホテルからホテルへ、街から街へと一人で移り歩く生活はしたくなかった。指揮者になることはフルトヴェングラーを聴いて以来の願望だった、とか。

 その辺の気持ちはわかるような気がします。人間と一緒に音楽を奏でたいという彼の想いがよく伝わって来ました。


 若い才能を見つけてはデビューさせ、応援したいという意欲にもみちていました。


 40分近い放送ですが、半分ぐらいは演奏(エッシェンバッハ+ゲルネ、バーンスタイン、エッシェンバッハ+バルト、ホロヴィッツ)です。私にとってはドイツ語の良い勉強になりました。しかし、若い頃はバリバリの北ドイツ弁を話していた彼はかなりオーストリア化してます。やはり環境とともに言葉も変わるのですね。


 彼が一番大きな影響を受けたのはホロヴィッツだったそうです。ニューヨークの彼のアパルトマンを訪ねた折、シューマンについて話し合った。その際ホロヴィッツがいきなり「クライスレリアーナ」を弾き始め、何と最後まで弾いてくれたとか。


 それは、最高の想いだったでしょうね。


 エッシェンバッハさん、どうか日本の聴衆の前にも室内楽のピアニストとして立ってくださいませ。


BR-KLASSIKのインタビュー(公開期間限定と思われます。)


http://www.br.de/radio/br-klassik/sendungen/meine-musik/meine-musik-christoph-eschenbach-100.html
 

2014年9月3日水曜日

物乞いされるのはなぜ?

「音楽と言語」とは直接関係ありませんが、物乞いの話です。

海外に行くと「小銭ない?」とか「お金もらえませんか?」とけっこう言われます。夫と一緒のときも言われました。海外滞在の多い皆さんはどうでしょうか?以下FBに書いた話です。

 私はザルツブルクやベルリンでよく物乞い(乞食のたぐい)にお金をせびられます。ベルリンの大聖堂の前で芝生に寝転がって電話をかけていたら、ドイツ語のできない女性が「子供がいる。お金ない、助けて。」とつたない英語でいうので、「電話中だからだめ!」と追っ払ったのに、結局どうしても離れてくれず小銭を持たせたこともあります。他にも何度かお金くれと言われました。

 今日もベルリンの新しい地下鉄路線(55号線)の誰もいない乗り場に一人で立っていたら、「1ユーロありませんか。あと5ユーロないと妻が一緒に電車に乗れないので1ユーロだけお願いできませんか。」とごく普通の決して卑しくない身なりの人に頼まれた。駅の中は他に誰もいないし、断ると怖いかもしれないので、「1ユーロ硬貨は持っていません。50セント玉ふたつならあげます。」といったら大喜びでもらって行きました。
 
 単なるたかり?

 昨日は昨日で、ベルリン空港に到着してスーツケースをワゴンにのせていたら、ドイツ語のできない外国人(ヨーロッパ域内の人だと思う)のおばさんに声をかけられ、ワゴンを借りるのはどうやればいいのかときかれて、「1ユーロ玉をここに差し込むと鎖がはずれてワゴンが動かせます」と英語で説明したら、やおら見た事のないコインをいくつか出して来て、「これでいいですか?」というので「だめです。1ユーロ硬貨が必要です。」というと、がっかりして去って行こうとしたのですが、「もしかして、ユーロを持っていないのですか?」ときいたら、「ありません。」

 仕方がないので荷物をいっぱい持った女性を放り出すわけにも行かず、「では、これをお使いください。取り出す時は・・・」と言って1ユーロ渡したのですが、これも本当かな?ただ、ユーロ玉に対していくつものコインをくれようとしたので、辞退しましたが。

 私が強そうな男だったらそんな目にあわないのだろうなと、つくづく頼りないおば(あ)さんであることを悲しく思いました。

 外国での一人旅行はやはり心細いです。あまり旅行経験がないのでなおさらです。

ハーゲン弦楽四重奏団とゲルシュタイン

ザルツブルク、8月28日の記録です。

古くなってしまい、時間が前後しますが投稿します。

 今夜はハーゲン弦楽四重奏団にピアノのキリル・ゲルシュタイン(と読めばいいのですか?Gerstein ロシア人です)が加わった室内楽の夕べに行ってきました。ショスタコービッチの弦楽四重奏第3番ヘ長調、Op. 73, ゲルシュタインの独奏で「ブラームスのパガニーニの主題による変奏曲」、Op. 35、さらにブラームスのピアノ五重奏曲、Op. 34を聴きました。

 手を抜くわけではありませんが、感想としてはすべて完璧、これ以上望むのは無理という域に達した演奏でした。すでに最初のショスタコービッチの演奏後から大喝采がわき起こるほどでした。

 ゲルンシュタインはちょっとおでこが広くなってしまったので老けて見えますが、かなり若そうです。「パガニーニ」のほうは、もう少しシャープな切れ味が欲しかったところですが、でも各変奏の性格をよく表現した、何といってもヴィルトゥオーゾ的立派な演奏でした。

 後半のブラームスのピアノ五重奏をゲルシュタインだけは暗譜で弾いていました。とにかくピアノが好き、弾くのが楽しくてたまらないということが感じられる演奏でした。

 そうそう、私はブラームスのピアノ五重奏をデビュー間もないクリストフ・エッシェンバッハのピアノとアマデウス弦楽四重奏団の演奏で覚えました。アマデウス弦楽四重奏団は第一バイオリンがかなり強くて個性的であったため、私はそれをデフォルトで覚えてしまって、他の演奏を聴くと物足りなく感じることがありました。

 しかし、ハーゲン弦楽四重奏団とゲルシュタインによる今夜の演奏にはいささかの不満も覚えませんでした。黄金のバランスでした

 私もそろそろベルリンに移る準備をしなければなりません。最初の一週間ばかり病気で寝こんでしまい残念でした。

倒錯した夜

 現在ベルリンのホテルにいます。夕食を終えて一息ついているところです。ところで、ホテルのインターネットは256KB/sのやや遅い回線(無料)と有料の高速回線の両方にそれぞれiPad, MacBookAirをつないでいます。
 
 19:30時からはサイモン・ラトル指揮ベルリンフィルのルツェルンにおける公演が動画でライブ中継されています。そして今ベルリンのKultur Radioでグスタヴォ・ドゥダメル指揮シュターツカペレ・ベルリン、ダニエルバレンボイムのピアノでブラームスのピアノ協奏曲(何とバレンボイムは一夜でブラームスのピアノ協奏曲を二曲続けて弾くのです!)が放送されています。今ベルリンフィルが休憩に入ったのでシュターツカペレのほうを聴いています。
 
 世界が注目する最高級の演奏をふたつライブで聴ける(見られる)わけです。しかし悲しいかな、ふたつを同時に聴くのは人間の体では無理です。だから私はルツェルンの公演の休憩中だけベルリンの公演(フィルハルモニーは今私のいるホテルから車で10分ぐらいで行ける距離にあります。)を聴いています。

 70歳を超えてもバレンボイムは元気です。ブラームスの協奏曲を一曲弾くだけでも消耗するのに、どこまでファイトと体力があるのでしょう!この人は音楽的に私の好みではありませんが、それでも指揮者としてだけでなく、ピアニストとしても活動をしっかり続けて来たことを私は心から賞賛しています。

 残念ながらベルリンからの放送がネットワークの障害で途切れてしまいましたので、これからまたルツェルンでのベルリンフィルの公演の後半(「火の鳥」、省略なしの全曲バージョン)を見ることにします。

 あまりにも贅沢な、いやもう倒錯した夜に心臓がバクバクいっています。日本にいると時差の関係でライブで見られませんし、録音しても途切れたり落ちたりしてしまうので、こんな環境にいるのははじめてです。

 ...などと幸せすぎる話を書いていたら、ネットワークの障害で両方の中継が途切れてしまいました。

 またオンデマンドでネットにあがったら聴くことにします。 

 おっと、今リロードしたらルツェルンのテレビのほうが復活しました。さすがに高速回線です。一昨日ザルツブルクで聴いたこの曲が私の中で蘇ってきます。

 

2014年8月28日木曜日

「最高」が重なりすぎると焦点がぼける?ー「フィエラブラス」を見て。

 今日は昼間は休養し、夜にシューベルトのオペラ(!)「フィエラブラス」を見て来ました。
 
 配役が今の声楽界で考えられる最高の人たちばかりで、いったいどんな演奏になるかワクワクしていました。ちょっと例をあげると、フランク国王はツェッペンフェルト、その娘エンマはユリア・クライター、ムーア人の国王の娘フロリンダがレッシュマン、それにフロリンダの恋人が、あのマルクス・ヴェルバ(!)、そしてあまり出番はないタイトルロールはミヒャエル・シャーデでした。

 あと騎士エギンハルト役がBenjamin Bernheim(名前からするとドイツ人にも英米人にも思われますが、フランスの出身とのことです。名前の読み方がわかりません。教えていただければ幸いです。)という顔ぶれで、脇役もメゾのシャピュイなどけっこう有名人揃いでした。初めて聴いたこのBernheimは相当の実力者のようでこのオペラのヒーローに近い役でした。

 ストーリーはかなり複雑で私も結局何がなんだかわからないところがありました。この日記の最後にストーリーの概要を記したページのURLを書いておきます。一言でいうと、キリスト教徒がイスラム教徒と戦争を重ねるが、カール王およびイスラムの国王の息子フィエラブラスのおかげで和解し、お互いに幸せになる、その際例によって例のごとくふたつのカップルが結ばれるというお話です。(ついでに書いておくと、キリスト教徒はイスラム教徒をキリスト教に改宗させることに成功するというあり得ない設定です。)

 シューベルトのこのオペラは、1980年代にクラウディオ・アバドが上演して日の目を見たらしいです。私もその画像と音声をYouTubeで発見し、この作品を実際に見る決心をしました。

 話の筋は複雑で、舞台が次々に変わるのですが、その間幕が降りて、かなり待たされました。舞台作りが相当大変そうでした。

 さて、感想ですが、まず私はこの作品をまとめあげたインゴ・メッツマッハに喝采をおくりたいです。ブラヴォー!ウィーンフィルの演奏も最高でした。それと、合唱が強力でした。その辺が昨日の「ラ・ファヴォリート」と一線を画しているところでした。

 個々の歌手について感想を述べる時間がないので簡単に書きますと、ひとつひとつのシーンが実に丁寧に作られ、歌も演技も「これこそが最高!」と思うものばかり。

 クライターの細めの清らかな声(ただ、時々硬くなりましたが)と父である国王(ツェッペンフェルト)の豊かで深い声の重なり合いも美しく、また、Bernheimの演じる騎士エギンハルトははっきり言ってタイトルロールのシャーデより良い声でした。シャーデはオペラよりリートのほうがずっと良いと思います。

 特筆に値するのは、ドロテア・レシュマンによるムーア人国王の娘(=フィエラブラスの妹)が劇的な歌唱と台詞で圧倒したこと。この人の声は強いのですがあまりキンキン硬くならないので私にも耐えられます。(私は強い声、キンキンする声は嫌いなのです。)そして、彼女の恋人ローラントを演じたヴェルバは昨年「マイスタジンガー」でベックメッサーを、一昨年「魔笛」でパパゲーノを演じた、私のお気に入りののバリトンです。今回はかっこいい役で大満足。

 書いていたらきりがないのでこの辺にしますが、最後は大団円。しかし、全体の印象というと何かはっきりしないのです。

 演劇としても音楽としてもちょっとバラバラというか、モーツアルトのオペラのような有機的つながりが感じられませんでした。それぞれのシーンはすばらしいのですが、音楽的に通奏低音になるようなテーマとか繰り返し形を変えながら出て来るモティーフがあまりないのです。

 台詞もモーツアルトなら、ドン・ジョヴァンニの台詞の多くを後で逆にレポレロが繰り返していて、ドン・ジョヴァンニとレポレロの親近性(同じ人の裏と表だという説もあります。)を感じるのですが、そういう関連性を感じませんでした。

 だから、作品としてはまずテーマがとんでもない(イスラム教徒と大団円だなんてあり得ないでしょう?)のと、全体の統一性が乏しいことからなかなか演奏されなかったのではないでしょうか?音楽的にはどのシーンも美しく、まさかシューベルトがと思うほどの劇的シーンもありました。(「魔王」のような劇的なシーン。) 

 これほど多くの最高の歌手と最高のオケと指揮者が共演(競演?)すると、意外なことに全体の印象がぼやけてしまいます。
 ひとつひとつのシーンが完成されすぎてかえって全体がぼんやりしていまうのです。タイトルロールのフィエラブラスも1幕で歌った後は最後まで出て来ませんし、場面が変わるごとに話の糸を繋いでゆくのが困難でした。

 贅沢な感想を述べさせてもらうと、「最高」が重なりすぎ、それに作品の構築性の不足が加わり、何となく焦点ぼけしたような印象があります。

 でも、どれほどひとつひとつのシーンがすばらしかったかはとても語り尽くせません。すでにmedici.tvのアーカイブにあがっていますから、どうぞご自分でご覧になってください。

 あー、楽しかった!
 
(参考)
schubertiade.info/2sakuhin/oper.html